伊せ喜のどぜう鍋
2004年10月17日21:34
16日の夜は、深川高橋にあるどじょう料理屋「伊せ喜」に足を運んだ。野趣溢れる力強い“田んぼの味”に舌鼓を打ちながら私が思ったのは、なぜかまた“団塊の世代”の問題だった。
「伊せ喜」は明治20年創業の老舗だ。
江戸東京のどじょう料理の名店といえば同じく老舗の「駒形どぜう」を想起する向きも多いが、味の好みでいえば私は「伊せ喜」の方に軍配を上げる。割り下の味が、駒形どぜうの方がやや甘過ぎるように思えるからだ。エキサイトの山村社長のブログを拝見するに、社長の義理のお父上も同意見のご様子。
「伊せ喜」のどぜう鍋には二種類ある。
ひとつは「丸」と呼ばれ、どじょうが生きていたときの姿のまま、深さわすか三センチほどの鉄鍋に、十数匹並べられている。その身が割り下に浸っている。これを、客席に置かれたガスコンロで葱と一緒に軽く煮て、頂く。
どじょうが「丸のまま」入っているから「丸鍋」というわけだ。客席に運ばれる前に、すでにどじょうには火が入っている。おそらく高圧の鍋で炊き上げてあるのだろう。骨まで柔らかい。ガスコンロは身を温め、葱を割り下で煮るために使う。
もうひとつは「抜き」と呼ばれる。こちらは、どじょうの頭を落とし、内臓と骨を抜いて、開きにしてある。これは生のままだ。きれいなピンク色にところどころ血液の赤が差しているその身を、やや深みのある鍋で牛蒡、焼き豆腐と一緒に炊く。これを、生卵につけて頂く、というものだ。
内臓や骨が「抜いてある」から「抜き」と呼ばれるのだろう。駒形どぜうでは同種の鍋を「裂き」と呼ぶ。
割り下で生肉を煮て、豆腐や野菜と食べるという「抜き」は、言ってみれば、“どじょうのすき焼き”のようなものだ。ここで私は、ほとんど職業病なのだが、またも「団塊の世代」というものに考えが及んでしまうのだった。
どじょう→抜き鍋→どじょうのすき焼き→すき焼き→団塊の世代。ほとんど連想ゲームの世界だが、最後の矢印は一見すると「?」だろう。その思うところは明日の更新で書く。
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