ピースサインの意味(2)
2004年10月12日19:41
Mr.Childrenのボーカリスト・桜井和寿が、坂本龍一の「WAR AND PEACE」に寄せた誌について書いた拙文「ピースサインの意味」に寄せられた、ひとりのみすちるふぁんさん、ひとよたけさんのご意見にご返答したい。まずはご意見を書き込んでいただいたことに感謝。
さて、ひとりのみすちるふぁんのご意見から。拙文の
その子供たちに「それはもともと平和・反戦を意味するものだ。もっと切実に刻むべきだ」と批判するとしたら、「そのサインはもともと戦争の勝利を意味するものだ。反戦運動と矛盾する」という批判も受けねばならない。
を引用され、以下のように反論されている。また、その反論についてひとよたけさんも、「同意見」と述べられている。
って書いてありますけど、別に批判はしてないですよね?桜井さんがご自身でそう考えた、というだけで、子供たちにまで強要してはないんじゃないですか?
仰る通り。確かに桜井は「子供たちにまで強要してはいない」。そこは私の書き方がやや過激に過ぎたようだ。だから、ひとよたけさんが寄せてくださったような
今回の桜井さんの詩を読んで、なぜ池田さんは、これが他人を批判しているように解釈されるのか、不思議でなりません。
という疑問を抱かせてしまったのだろう。
ただし、書き方は過激だったかもしれないが、本意は何ら変わらない。「WAR AND PEACE」という政治性の高い楽曲に対して詩を提供するという時点で、他者に対する(政治的な)メッセージと解釈されて然るべきだと考えるからだ。
桜井はこの詩を「34歳・ミュージシャン」として寄せた。本当にこの詩が、誰に強要もしない、自省のものであるとすれば、一人でノートに書き付ければよかった。それが言い過ぎだとしても、「34歳・ミュージシャン」のままでよかったはずだ。桜井が寄せたものだと公表する必要はなかったはずだ。その半端に“偽装”された匿名性にかえって政治性を感じてしまう(と書けば、おそらくまた過激に過ぎて、批判を頂くことになるだろうが)。
拙文「ピースサインの意味」を書く前に、いくつかのサイトを巡回した。桜井の詩に接して「ピースサインについてあまり考えたことがなかったが、今後は私ももっと切実に刻みたい」というような反応が多かった。
桜井自身にその気がなくても、それだけの影響力を持っている。桜井和寿という名前は、どう足掻いても、もう一個人ではあり得ない。だからこそ、こう言ってはまた過激に過ぎるけれど、旧態然とした政治的プロパガンダに乗ってほしくないのだ。
ピースサインというスタイルが有効だった(有効だと信じられていた)時代はあった。市民運動や学生運動が社会を変革できた(変革できると信じられていた)時代もあった。しかし、そういう“政治の季節”は終わったのだ。
桜井には桜井の、34歳だからできる、オリコン1位を今なお獲得できるポップス・ミュージシャンだからできる「方法」がある。例えばBank Bandの「沿志奏逢」はそういう試みであるはずだ。
ちなみに、ひとよたけさんは
今回の詩は、「ピースサイン」というものを、作者の心情を表現するための道具として持ち出してしまったことで、桜井さんはある種の失敗をしてしまったとは思いますが、だからといって、この詩を書くに及んだ作者の心情までが否定されるべきではないと私は考えます。
と書いておられるが、私も桜井の「心情」を否定はしない。第一、そんなものは私には分からない。ただ、アーティスト・桜井和寿の「行動」というか、「作品」に対して批評しているだけだ。
攻撃的な論調だったにも関わらず、ミスチルファンと思しき来訪者(2004年10月12日現在、38人)の多くが拙文「ピースサインの意味」に対しておしなべて高い評価(平均スコア:4.3)を下さったというのは、私の本意が桜井自身の人格攻撃や単なる悪口でなかったと評価していただいたからではないかと思っている。サイレント・マジョリティーの声なき声に私は勇気づけられた。
ちなみにちなみに。私の誤解かもしれないが、他者に対する「強要」の有無の部分を除けば、少なくともひとよたけさんは、拙文の内容に、或る程度賛同してくださっているのではないか。上記に引用した「ある種の失敗」の内容が書かれていないだけに推測に過ぎないのだが。
もしそうだとすれば嬉しいのだけれど。
真摯にお答えしたつもりなので、またひとりのみすちるふぁんさん、ひとよたけさんがここに立ち寄ってくださった時に、リアクションをいただければありがたい。他の方のご意見もお待ちしている。
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コメント
あ。お二人ともさっそくのお返事ありがとうございます。
>ひとりのみすちるふぁんさん
ご賛同はいただけないとしても、ご理解はいただけたようで嬉しいです。今後とも、忌憚のないご意見をお待ちしております
>ひとよたけさん
お返事が少し長くなりそうなので、記事でお返事します
池田様、ご返事ありがとうございました。
前回の記事では十分に読み取ることが出来なかったのですが、池田さんは、桜井さんの「詩」そのものよりも、その詩がどういう背景を持って世間に流れたのか、という点を問題にしておられるわけですね。
その視点から今回の詩について語ろうとするならば、本来はその詩が読まれた番組(「ニュース23」)を見ていなくてはならないわけですが、残念ながら、私はそれを見ておりません。
(こちら、関西の方では、放送時間の関係で、坂本龍一さんの曲が流れるシーンは放送されなかったようです。)
それなので、桜井さんの取り上げられ方はどうであったのか、また、それを見たとき、自分も含め、視聴者はどう感じただろうか、という点については、私としては想像してみるしか方法がありません。
そのような条件のもとでしか発言できないということをお許しいただくとして、さらにもう少し、思うところを書かせていただきます。
今回の詩は、内容的には自分自身に向けたものであっても、それを公表することで、社会に対して何らかの効果を狙ったであろうことは、私も想像できます。この点に関しては異論はありません。
しかし、それを言うなら、世間に向かって言葉を発する人は皆、大なり小なり、そういったことを想定して発言しているものでしょう。
桜井さんというひとりの人間が、自ら判断し、テレビで平和について発言したことが、それほど問題なのでしょうか。
池田さんの記事を読ませていただくと、今回の彼の行動が「政治的」である、という点が好ましくないと考えておられるようですね。
その背景にあるものとして、池田さんの、坂本龍一氏や筑紫哲也氏らの思想に対する不信感と嫌悪感のようなものを感じました。
で、そこのところで私は分からなくなるのですが、池田さんとしては、桜井さんの行動が政治的であるという点を批判しているのか、それとも池田さんの好ましくないと思っている人たちと彼が行動を共にし、結果的に利用されているという点を問題にしているのか、どちらなのだろう?と思うのです。
私としましては、彼が必要を感じて政治的なアクションを起こすのなら、それも良いと思うし、坂本さんたちと行動することが心地よいと感じ、その場所から何かを発信したいと彼が希望するなら、個人の責任において、それをしてもらったらいいんじゃないかと思います。
そこから出てきたものに対して、私自身がすべて賛同したり評価できるかというと、そこはまた違うだろうと思いますけど。
おしまいに、「ある種の失敗」と私が書きましたのは、わりと単純な意味で使ったつもりでした。
「ピースサイン」という、過去を溯るといろいろな意味づけをなされてきた言葉を、平和を願う象徴として使ってしまったということが、「失敗」だったという意味です。
じつは、私自身も「ピースサイン」が過去に様々な使われ方をしたということを知らずに、あるサイトでこの詩に関する文を書いたところ、親切な方が、いろんなサイトを紹介しつつ、この「サイン」の歴史的な使われ方を教えてくれました。
「ピースサイン」が、こんなにひと癖もふた癖もある言葉だと知って、正直、残念に思いました。
逆に言うと、もし、平和を願うシンボルとしてもっと適切な言葉があったなら、そしてその言葉が使われたなら、この詩は成功していたんじゃないか、そう思いました。
えっと、私の言わんとした「失敗」というのはこの程度の意味なんですが、これをもって、池田さんのご意見に賛同していると言えるのか・・・・・私には分かりません。おそらく池田さんの期待してくださったものとは違いますよね。。。。。すみません。
こんばんわ。
こんなにキチンとご対応いただけると思っていなかったので嬉しい誤算です。とても面白く読みました。
ご主旨、よく理解しました。ご自身でもお書きになっているように、表現がやや過激だったように思います。いずれにしても、私自身とても勉強になりました。
「お気に入り」に加えたのでまた来ます。ちなみに、ミスチル関係以外の記事もとても面白く読ませてもらいました。