すき焼きと「団塊の世代」
2004年10月18日00:07
昨日の記事「伊せ喜のどぜう鍋」で、深川高橋の老舗でどじょう鍋を食べながら、なぜか私が思ったのは「団塊の世代」のことだったと書いた。
詳しくは当該記事をご一読いただきたいが、「抜き鍋」と呼ばれる同店の“どじょうのすき焼き”ともいうべき鍋を食べながら、私は「どじょう」→「抜き鍋」→「どじょうのすき焼き」→「すき焼き」→「団塊の世代」と連想したのだった。
「どじょう」から「すき焼き」までの連想はまあ分かるとして、なぜ「すき焼き」から「団塊の世代」に発想が連なったのか。今回はそれについて書く。
団塊の世代よりやや早い1943年、戦中生まれの我が父は、すき焼きが大の好物だ。今なお牛肉を実家で食べようというときに、最初に候補に上がるのがすき焼きであり、私は実家でステーキやら焼肉やらを食べた記憶があまりない。
そして、すき焼きという食べ物を、父が珍重するほどに私は好まなかった。
野菜から出た水分に酒や味醂を加え醤油と砂糖で味を調える関東風、割り下で肉を焼き煮る関西風のほか、すき焼きにはさまざまな“流儀”がある。共通するのは、醤油や砂糖(または味醂など)で牛肉を甘辛く食べる料理ということだ。
すき焼きの「すき」の由来は、農耕具の「鋤」にあるというのが定説になっている。鉄製の鋤の上で肉や魚を焼いたのが元らしい。その由来からも、名称からも、本来はあくまで「焼く」料理であって「煮る」ものではない。
ところが家庭ですき焼きをやると、どうしても「牛鍋」のように「煮る」料理になってしまう。牛肉を甘辛く煮てしまえば、せっかくの肉の旨みが甘辛い汁に溶け出してしまう。しかもその汁の味が濃くて飲めない。生卵をつけて食べれば確かに旨いが、それは牛肉の旨みではなく、鶏卵の旨みである。
さすがに人形町「今半」、元赤坂「よしはし」あたりで食べれば、無残に肉を煮たりはせず、割り下でじゅっと焼く。その味付けの(特に甘みの)見切りがよく、肉の質がいいのも手伝って、十分に肉の旨みが楽しめる。しかしながら、これを家庭で再現しろ、というのは土台無茶な話だ。
といよりも、今半やよしはしのすき焼きが特別なのだ。焼肉屋は数多いが、すき焼き屋は高級店を除けば数少ない。つまり、すき焼きとは圧倒的に家庭料理なのであり、家庭で食べる牛鍋めいたすき焼きこそ、いわゆる「すき焼き」なのである。
管見の及ぶ範囲ではあるが、この家庭で食べるすき焼きをさほど旨く感じない、という意見は、私たちの世代(20代後半から30代)いわゆる「団塊ジュニア」世代には珍しくないようだ。
食がこれだけ多様化してしまった現代だからこそ、私たちの世代はすき焼きの真価を云々できる。しかしながら70年代以降、日本経済の高度成長を牽引してきた「団塊の世代」は、今となっては(好みもあるが)群を抜いて旨いものとも思えないすき焼きを半ば神聖視し、その味を必要とした。
その味とは、彼らが作り上げた“ニューファミリー”の味そのものであり、それらの声に応えたのが、「戦後」という時代をある意味では代表する、流通業の一盟主ダイエーだったのではないか。
ダイエーという企業が終焉を迎えようとしている今、すき焼きの味というものを通して、団塊の世代について今一度考えてみたい。
長くなったので、続きは次稿にて。
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