すき焼きと「団塊の世代」(4)
2004年10月21日00:17
バリケードで封鎖され、学生たちが立て篭もった“安田砦”――東大安田講堂は、1969年に“落城”した。
大多数の“団塊の世代”の若者たちの学生運動は、安田講堂の陥落に象徴される敗北をもって終焉した。その5年後、1975年にバンバンは、この“時代の断絶”を「『いちご白書』をもう一度」で歌った(作詞、作曲は荒井由美)。
僕は不精髭と髪を伸ばして/学生集会へも時々出かけた/就職が決まって髪を切ってきたとき/もう若くないさと/君に言い訳したね/君も見るだろうか/「いちご白書」を/二人だけのメモリー/どこかでもう一度/二人だけのメモリー/どこかでもう一度
学生時代というモラトリアムを抜けると、彼らはゲバ棒を捨て、無精髭を剃り、長髪を切って企業へ就職した。同棲をやめ、結婚した。彼らは学生運動を機に決別した郷里に戻らずに都市生活者となり、子育てと家事に専念する専業主婦とその夫という新たな家族“ニューファミリー”を築き上げた。
こうして起こるのが70年代前半のいわゆる第二次ベビーブームであり、ここで生まれた世代が「団塊ジュニア世代」、すなわち私たちだ(下図参照、クリックで拡大)。筆者は1976年生まれなので、若干ズレているが。
都市生活者が急増したために地価が高騰し、郊外に次々に新興住宅地が開発された。東京でいえば、都心を大きく囲む半円状に走る国道16号線の内外の住宅開発が進んだ。西から並べれば、逗子、横浜、相模原、町田、八王子、日野、入間、飯能、狭山、川越、上尾、大宮(さいたま)、岩槻、春日部、野田、柏、船橋、八千代、千葉、市原などの衛星都市群の発展は、いずれもこの70年代に本格的にスタートしている。
借金してでも近郊に一軒屋を建てる。遅くにでも家に帰れば、妻が帰宅を待っている。我が子には高等教育を受けさせる。そのためには塾にも通わせる――。ニューファミリーという新しいライフスタイルのあり方を形作ったのは、確かに団塊の世代だった。
近郊都市のマイホームに築き上げた核家族「ニューファミリー」に、彼らは実家で両親と一緒に食べたすき焼きの味を持ち込もうと試みた。それが正しい「家族の団欒」のシンボルだったからだ。
焼肉屋はあまたあってもすき焼き屋にはほとんどお目にかかれない、と前に書いたが、それでもダイエーなどのスーパーマーケットに行けば、必ず精肉売り場にすき焼き用肉が売っている。すき焼きが、あくまでも「家庭料理」として生き永らえている何よりの証左だろう。
しかし、これも前に書いたが「団塊ジュニア世代」にすき焼きを愛好する者はそれほど多くない。その神通力はやや衰えているように思える。もちろんそれは食の多様化が進んだり、嗜好が変化したりした結果かも知れないが、私にはその変化が、例えば出生率の低下と軌を同じくしているようにも思えるのだ。
やや厳しい言い方をするのなら、団塊の世代が作ったニューファミリーが子育てを誤った、あるいは社会構造を歪めてしまったことが、彼らとそのジュニア世代との間に大きな断絶を生み出している。その遠因は、ニューファミリーという名の核家族を量産することで、従来から連綿と続く「家」というものを切り離してしまった、70年代の「断絶」にあるように思う。
フィリピン戦線で舐めた塗炭の苦しみのなかで「スキヤキ」のにおいを思い出したという中内功が創業し、牛肉の安売りで急成長を遂げたダイエーという企業はいま、瀕死の状況下にある。バブル経済を崩壊させた団塊の世代も間もなく60歳定年を迎え、日本経済の表舞台から退場を余儀なくされる。
それらに代わる世代として、周期でいえば第三次ベビーブームが到来してもおかしくないいま、しかし少子高齢化は進む一方だ。なぜか。団塊ジュニアたちが晩婚化し、出生率が落ち続けているのは、「家族」というものへの憧れが希薄になっているからにほかならない。
「家族」への憧れが持てないいまの20代後半から30代の「団塊ジュニア世代」は、その「家族団欒」のシンボルとしてのすき焼きに憧れを持てずにいる。単なる嗜好の変化かもしれないが、その二つが私には重なって感じられる。
やがて、スーパーマーケットの精肉売り場から「すき焼き用」と書かれた肉が消える日が来るかもしれない。(シリーズ了)
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コメント
なるほど参考になります。>仙蔵さん
実はワタクシ、世代論なるものあんまり信じておりません(笑。ここに書きなぐったのは、高齢者向け某誌の特集企画のための覚書です。むしろ問題意識としては「団塊の融解」。70年代半ばになぜ彼らが「団塊の世代」として「再発見」されなければならなかったのか。発見する側の必然性を知りたいと思っています。そのために、歴史をざっと整理しておきたくて、ただ整理するだけではツマランのでたまたまどじょう屋で食べた「すき焼き」まがいの鍋をきっかけに書いてみました。
ちなみに最後の「蛇足さんは76年生まれだけど、父親が戦前生まれだけあって、意識はほとんど“似非”団塊Jr.寄りに見えます。」というのは、多分、ご指摘どおりだと思います。同級生と両親(特に父親)の話をするときに感じた齟齬みたいなものも、そこに帰する問題だったのかも。参考になりました。
諸々のお答えは、某誌一月号にてお返しします。
「カリスマ」、懐かしい。6年の歳月を経て今、ダイエー班のバイブル。
世代論だけど、1971年生まれ(=第2次ベビーブーマー)の私から見るに、
「第2次ベビーブーマー」≠「団塊ジュニア」
で、意識面でも相当の“断絶”がある。詳細はコチラ
http://www.rad.co.jp/random/43/04.html
ここでいう「ニセ団塊ジュニア」と称せられるのがまさしく私が属する、通称「負け犬世代」。
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※定義・特徴:
1970~74年生まれ世代。受験では71年度生まれの現役組より、共通1次からセンター試験に移行。空前絶後の倍率。バブルは大学入学の一瞬で崩壊。卒業時は就職氷河期。学生ベンチャーなど流行らず、そろって大学院、留学、公務員試験に逃避。学生時代は携帯もネットもない最後のIT音痴世代、かつ終身雇用幻想を抱いて世に出た最後の世代。やっと入った会社は採用絞ってずっと下っ端、心の病率高し。結果的にこの世代が流行らせたのは「癒し」=いかにも受動的・保守的。フリーター、ひこもり、新語「NEET」のはしりがいる世代。遊びすぎ・選り好みしすぎで婚期逃したバブル世代(1965~69年生まれ)とは明らかに晩婚・少子化理由が異なる。
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※ついでに「団塊ジュニア世代」
両親ともに戦後生まれ。10代半ばですでにバブル崩壊ながら、プリクラだ、ルーズソックスだ、たまごっちだ、とブームを作って局所的景気浮揚に一役買った。学生時代から携帯・ネット使いこなし情報感度は高い。終身雇用幻想はハナっからなく、ITバブルですぐさま飛び出したのもココ。
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単純に生まれ年よりは、親(特に父親)が戦中生まれか、ホントの団塊(S22~24)かで相当違ってきそう。蛇足さんは76年生まれだけど、父親が戦前生まれだけあって、意識はほとんど“似非”団塊Jr.寄りに見えます。