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体育館では眠れない

2004年10月28日15:24

余震続く新潟中越地震で被害に遭われた方々に、心からお見舞い申し上げたい。

現地に飛んで力になれぬ我が身だが、こうして被災地にいない、被災者でない人間にとっては、災害と戦うということは結局「想像力」の戦いだ。朝日新聞が今日付けで掲載した社説は、私を含めた読者が「想像力」を及ぼすことができなかった現実に光を当ててくれた。一部を引用する。

なお強い揺れが続いている。そのつどテレビの画面には、体育館に避難した人たちのおびえた表情が映し出される。すっかりおなじみになった光景である。
しかし、この光景に慣れてしまってはいけない。被災した人たちがみんな体育館に寝かされている。それは尋常なことではないのだ。
放心したように座布団に座り続けるお年寄りがいる。半身不随の寝たきりの男性が毛布にくるまって寝かされている。風邪を引いた女性がせきをして、周りの人たちが不安そうに顔をそむける。
こうした避難生活の中で体調を崩す人が相次いでいる。その多くはお年寄りだ。もともと高血圧や心臓病、糖尿病などの持病を抱える人もいるだろう。ふだん使っていた薬を持ち出せなかった人も少なくないはずだ。やまない余震は緊張感を高め、心臓への負担も大きい。

いい記事だ。警察、消防発表を垂れ流す報道の百倍は価値がある。

一方で、「なぜ首相は現場に行かないのか」などと、同じ新聞とは思えないような記事を掲載するから朝日新聞ってのはよく分からん。逆に小泉首相がノコノコ現場に現れたら、「人気取りのために無意味な現場視察はやめよ」と批判するのが筋だろう。現場ほど情報が届きにくいところはない。情報を少しでも多く収集し、それらをもとに意思決定しなければならない行政の最高責任者が、このような緊急事態に現場視察なんてもってのほかである。

うーん。せっかく、たまには「朝日新聞」を誉めようと思ったのに、結局最後は悪口になってしまった。

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