タガタメに回答する?
2004年11月19日21:55
Mr.Children「タガタメ」について、このサイトの前身に当たる鉱雀記に書いた「タガタメに曲は鳴る」に寄せられた全コメントに回答する。コメントは全53件。また時間があったら続編「反論に応えて」と「意見総括」に寄せられたコメントについても回答したい。あー疲れた…
せしる (2003年09月05日 23:58)/俺も「タガタメ」が、「愛するしかない」という、何も考えなくても言えてしまうような言葉に収束していることに納得がいきません。桜井和寿は24時間テレビではないはず。これが次の曲への序奏であれば、と思ってやみません。(だからラジオリリースなのか?)
結局「シフクノオト」に収録されましたね。「桜井和寿は24時間テレビではないはず」は至言。
ばんび (2003年09月06日 22:17)/はじめまして。Mr.childrenの8年来のファンなのですが、「タガタメ」をこれまでの路線(誤解されるような表現ではあるが)とは違う、メッセージソングとして捉えてみても、詩の薄さや曲のちぐはぐさに戸惑ってしまいます。少しでも早く聴いてもらうために構成をおろそかにしてしまったとしても。ところで、「タガタメ」の意味は「~したが為に」と「誰が為に」という意味なのだろうか。
「詩の薄さや曲のちぐはぐさ」についてが基本的に同意します。「タガタメ」の意味については「誰が為」しか思い浮かんでいませんでした。
通りすがり (2003年09月08日 00:21)/とは言っても。この曲は「聴いてくださった方にとってなにかを考えるきっかけになってくれたらと思います。」と、これはまぁスタッフの言葉になる訳ですが。例えば、この場を作り、考えるきっかけを提起してくれたという意味では、ラジオのみと言えども発表した事は良かったのではないでしょうか。(中略)▼所で私は、問題とされている「片一方」と言う表現は、裁くものと裁かれるもの、このどちらか一方と言う捕らえ方をしました。裁かれるべき少年を裁く我々の方は果たして何の罪もないのか?少年Aを生み出したのは彼を取り巻いた環境や世間ですし、この曲を聞かなければ起こりもしなかったなかった議論。というと大げさですが、まったく無知で無関心であった私たちは果たして裁かれずにすむのだろうか。(後略)
この曲が、「世の中はこんなに悲惨だ」「戦争で子供がこんなに亡くなっている」だから「考えてみよう!」という分かりやすい左翼系の機関紙や教科書みたいな曲であるとすればなおさら幻滅です。そして、裁くべきはあくまで犯罪者であって、犯罪者を生み出した社会ではないと僕は思います。毎日を、汗を流して働いて、ささやかな家庭の幸福を守るひとに向かって「お前らが安穏としているからこんな悲惨な犯罪が起こる社会になってしまうんだ」とかホントに言えますか?
ざくろ (2003年09月12日 13:23)/初めて書き込ませていただきます。確かに世間に公表するには幼稚な歌詞ですね。自分一人の胸の中にしまっておかなければならない内容だと思います。「愛」という一言では片付けられない問題ですよね。ある部分では非常に共感できるけど・・・。ちなみに私は桜井和寿の大ファンです。 でも、この歌詞は如何なものかと・・・。
同意です。
ひとよたけ (2003年09月15日 02:19)/「タガタメ」は、長崎の事件を題材にした曲なのでしょうか?私の場合は、長崎の事件と関連付けてこの歌詞を読み解くと、非常に不自然な点が多いと感じ、これは戦争について語った歌詞なのではないかと、解釈を改めました。▼私のような立場の者が池田さんの文章を拝見しますと、池田さんの、論を積み上げていく手法が、少し強引に感じてしまいます。 そもそも、この曲が、長崎の事件を扱っているという確たる根拠は無いのですよね。▼公式サイトに掲載されている桜井さんの文章や、歌詞の一部の表現から推しはかった結果、「池田さんは」、そのように想像した、ということなのだと思います。▼だとすれば、その後に続く文章は、「長崎の事件を題材にしているならば」という保留つきで語られなければならないはずだと私は思うのですが、池田さんの場合は、仮定の上で構築している文章において、痛烈な歌詞批判を展開し、挙句の果てには、「あまりに幼稚な父性」とまで言い切ってしまう。これはちょっと行き過ぎのような気がしますが。
今(2004年11月半ば)という時制で「タガタメ」を聴くなら、長崎の誘拐殺人事件を想起することは難しく、その意味では、ご批判は甘んじて受けざるを得ません。このあたりのことは「意見総括―タガタメに曲は鳴る」でも書きました。「仮定の上で構築している文章」を批判した下りについては↓のコロニアルさんのコメントをもって反論。
コロニアル (2003年09月26日 14:17)/仮定の上に構築しない批評や文章ってありあるんでしょうか?僕は池田さんの大胆な仮説を楽しみにここにきていますよ>ひとよたけさん
批評は仮定と可能性による「方法」だと思います。
ひとよたけ (2003年09月27日 17:55)/「ひとよたけさん」と声をかけてもらうと、無性に嬉しくなってしまう性質です。(すみません。最近、勘違い気味です。)▼たしかにコロニアルさんのおっしゃる通り、人は様々な材料をもとに仮説を立て、その上に思考を積み上げていくものなのでしょう。そのイマジネーションの力が、読み手を楽しませ、また感動させてくれるのだと思います。▼ただし、読み手がその文章を楽しむために必要な条件は、その文章の土台を成す仮説に共感出来るか、あるいは、その仮説が理に適った妥当なものであるという認識を持てるかどうかにあると思います。それ無しには、どんな素晴らしいイマジネーションの旅にも、一緒について行こうという気持ちになれません。▼今回の池田さんの「タガタメ」批判においては、この曲が長崎の事件を扱っているという仮説の根拠が希薄ではないかと「私には」思えました。▼希薄な根拠を基に積み上げていく論というものも有り得るのかも知れませんが、もしそうなら、そこに「アソビ」の要素があってもいいんじゃないかと思いました。▼前回投稿をさせていただいたのは、「幼稚な父性」などという過激な言葉を見るに至り、これはちょっとシャレにならないのではないかと思ったからです。
前提として、私は一人のリスナーでしかないですし、この文章を書くことで何ら報酬を受けていないので、書きたいように書きたいことを書きます。そういう私に、「シャレにならない」と言われても治らないと思うので今後は放置プレイでお願いします。
コロニアル (2003年09月28日 23:59)/
「私は」仮説に妥当性を感じたし、自分が「タガタメ」を聴いて抱いたモヤモヤとした違和感を看破してくれた池田さんの批評はとても面白かったです。「幼稚な父性」。むしろこの言葉に「私は」最も頷きました。▼うーん。なかなか難しいものですね。中立的な批評なんてありえないわけだし。でも、池田さんは「池田蛇足(敬称略)」という署名を出してこの批評を書かれているわけで、それに共感できるかどうかは別として、「シャレになる」か「ならない」かという道徳的というか、倫理的というか、俯瞰的というか、そんな視点では断罪できないんじゃないでしょーか?反論があれば反論すればいいし、無視したければすればいいし。▼その意味で、迷惑メールなんていう、言論とは別のレベルで反応するのは本当にお門違いですよねえ▼でもあれです。ひとよたけさんの反論も面白かった。池田さんとのやり取りもとても面白かった。今後とも、期待しています(笑。異論反論はあれど、池田さんじゃないけど、ひとよたけさんに対しても、私にはリスペクトがありますよー。▼女である私には、ひとよたけさん、ストッキングちゃん、池田さんのような論理的な文章がなかなか書けないです。このコメントも何だかまとまりなくて済みません…
コロニアルさんネカマ疑惑については、以下のひとよたけさんが看破。コメントの内容については基本線で同意。
ひとよたけ (2003年09月29日 19:12)/ コロニアルさ~ん、まとまり無いですよー。だって、前回のコロニアルさんは「僕」になっていて、今回のコロニアルさんは、「女である私」になっているではありませんか。▼あ、どっちでもいいんですけど、ただ、『僕』に「ひとよたけさん」と話しかけてもらったつもりで喜んでいた私が、ちょっとアホみたいだったかなあと。。。。はい、それだけです。すみません。▼さて、コロニアルさんの 「シャレになる」か「ならない」かという道徳的というか、倫理的というか、俯瞰的というか、そんな視点では断罪できないんじゃないでしょーか?というご意見についてですが。「シャレにならない」というのは、道徳的・倫理的な意味で使ったつもりはなかったですが、そのように言われれば、確かにそういう側面もありますね。 私が言いたかったのは、池田さんの「タガタメ」批判は、あるひとつの仮定の話として書かれているように私には思えたわけです。そうであれば、もしかしたらその仮定がひっくり返るということだって有り得るわけで。▼で、もし、そうなった場合に、「あまりに幼稚な父性」と言い切ってしまったことに、引っ込みがつくのだろうか、と思ったのです。▼しかし、「反論」において、この曲の題材としているものが、長崎の事件であっても、あるいは戦争であっても、この歌詞から「幼稚な父性」を感じるという池田さんのご意見を伺い、それなら、「これ以上特に私が申し上げることはありません。」と書かせていただきました。
思えば、引っ込みつかないことばっか書いてます。
コロニアル (2003年09月29日 22:23) 上の「コロニアル」は僕じゃないぞ!! 何だかもうワケワカンナイ
何なんでしょう。普通にやってください。
ひとよたけ (2003年09月30日 10:40)/え?・・・・はい?すみません、わたくしもワケワカリマセン。
管理人もワケワカラナイ状態だったんで、書き込みに際して記録されているIPアドレスを照合してみました。
蛇足@管理人 (2003年09月30日 15:49)/えっと(苦笑。あのですね。まあみなさん落ち着いてくださいな。このサイトでは書き込む皆さんの善意に期待して、ハンドルの固定はしていません。他人を騙るような行為はやめてください。ちなみに二人の「コロニアル」さんは、IPアドレス(使用プロバイダー)から見ても、多分、別人かと
こんなこと書かなくちゃいけないなんて情けないですなあ。
ひとよたけ (2003年10月04日 04:02)/>管理人さま。調べて下さって、ありがとうございました。お手数をおかけしました。
お気の毒さまでした。
おTK (2003年10月05日 16:05)/曲自体はまだ聴いていないのですが、歌詞から想像して、たしかに今回の曲は、父親としてという自分の立場を描きすぎちゃって、共感しにくいなー、と思いました。女性誌にかかれているように「子煩悩ぶり」が、曲にでてしまったに過ぎない、と思うと正直ちょっとひいてしまいます。「ボクはこう感じたんだ、思ったんだ~」という等身大の自己主張でもって、多くの若者の心を鷲づかみにしてきたところにミスチルの曲の特徴があるように思います。もはや、1児の父親という立場もできて、「ボク」を丸出しにしていられる年でもなくなったにも関わらず、「父親として」なんていうのは、なんか興醒めな感じがします。ある程度、個人の立場を超えた普遍性ってのがないと、いわゆる「j-pop」として多くの人に受け入れられるような曲にはなりません。それをわかっていて、時事的に話題になっていることを戦略的なネタにして曲のセールスをのばそうとしているのだとすると、そのあたりにもうミスチルの時代がおわっているようにも感じます。(このサイトだって、ミスチルのことをネタにしなけりゃ、これだけ人気はでないでしょう。それと同じこと)いや終わっているんじゃないでしょうか。10年のキャリアを超えて、これからどういった音楽活動をしていくか、楽しみでもあり不安でもあります。
そう悲観的にならなくても。
おTK (2003年10月05日 16:07)/乱文失礼しました。
いえいえ。
ほのぼの (2003年12月26日 18:21)/多分・・左の人、右の人とは・・・▼左派(左翼)、右派(右翼)の事を言ってるんだと思います。だから「どちらか片方を裁けない」となってるかと・・。
面白いけど、どうしてそう読める(聴ける)んでしょう?
トモ (2003年12月28日 04:25)/はじめまして、トモと申します。タガタメについて調べていくうちにこのサイトに出会いました。Aメロの内容の批判を読みましたが、、、僕的な意見では、すごく内容は濃いと思います。何故かといいますともっと広く世界レベルでの話で、、、戦争などのことを歌っているんだと僕は素直に思いました。誰かが悪いからその国を攻撃する攻撃されたからまた仕返しをする、そんな時平和な国や関係の無い国ではそんなことは気にせずに生活をしている。「そんな地球(世の中)なんだ、、、」と言っているように感じました。僕は頭が悪いのでうまくは文に出来ませんが、その悲しみと次への希望(子供)に対しての想いが詰まった曲に感じました。勝手な意見、下手な文ですみませんでした。お気に触りましたら気にせず削除してください。こんな批判の場も戦争の現場ですね。
そんな説教くさい曲は、「私は」嫌いです、と切り捨てるだけではコメントを返していることにはなりませんかね。んと、一方で戦争してる国があって、もう一方で「平和な国や関係の無い国ではそんなことは気にせずに生活をしている」。これがイヤだということでしょうか。もしそうなら、そうですね、まずはお金でも貯めてイラクに行って人道支援でもやったらどうでしょう。きっと、すんごい充実感が味わえますよ!。最後の一文に対するコメントは、以下よしずみさんのものをもって反論に代えます。
よしずみ (2003年12月28日 15:56)/「こんな批判の場も戦争の現場ですね」。前はいいとして、この部分が意味不明です。批判と批評は違うし、批判を「戦争の現場」というのも誤りではないでしょうか。利害、主張、意見、思想、宗教の対立を、言葉による批判でなく、ミサイルでやろうというのが戦争でしょう。ここサイトで死者が出ていますか?もう少し勉強されてはどうですか?
同意。もうほかに言うことはないです。それに対してQさんいわく
Q (2003年12月29日 19:40)/ 死ぬ人が出る事だけが問題なのでしょうか。死者が出なかったらいいんでしょうか。私もうまくは言えませんが、あなたにも勉強の余地はあるのではないのですか?
ああ絶対に来ると思っていた反論です。よしずみさんは、もはや池田蛇足が乗り移ったかのように的確に再反論してくれます。
よしずみ (2003年12月30日 01:04)/僕にも勉強の余地があることは認めますが、作品に対する批評を「戦争」として許さない不寛容な態度こそ、戦争を容認する人たちの考えに近いものように思えますが、いかがでしょう…
ペンは剣より強し、なあんてカッコイイことを書くつもりはないですが、戦争を起こす政権は、必ず批判を許さない政権ですね。有史以来、多数決をとれば必ず「戦争反対」が圧倒的であるはずなのに戦争が起こっているのですから。何かを神聖視し、絶対視することから全体主義が始まり、至上主義が始まり、戦争が始まるはずです。
トモ (2003年12月30日 03:42)/皆さんすみませんでした。自分の発言がこんな形になるとは、、、すみません。僕はそういう意味で書き込んだわけでは無いつもりです。タガタメの歌詞について人それぞれの解釈もあるだろうし、、、僕はそれを言い合ってるこの場所がちっちゃな争いの場になっていると感じたので書き込んでしまいました。戦争という言葉を使ったことは軽率でした。あの書き込みについて僕個人の意見ですが、戦争をしている人たちも口げんかをしている人たちも規模や被害者、加害者の数は違うだけで争いには変わり無いということを言いたかったのです。ご迷惑かけました。すみません。
謝意は伝わるけど、結局、何も理解していただけていないことがひしひしと伝わってきます。個人としての相手(敵)の人格や思想、名前すら知らないままに、命じられるままに一人でも多くの命を奪うことを目指さざるを得ない「戦争」と、相手の意見を聞き、自分の意見と比べ、しかるのちに相手に分かりやすい方法で反論するという「論争」とは、一見同じ「争い」に見えてもまるで違うものです。違うのは「規模や被害者、加害者の数」ではないのです。
KT (2004年04月07日 00:09)/最後のレスからずいぶん経っていますが、ちょっと書かせてもらいますね。▼「片一方を裁けない」というのは被害者にも罪があるという意味ではなくて、「罪は加害者本人のみにあるのだろうか?」っていうことではないでしょうか?加害者を形成してきたのはその周りの環境やちょっとした偶然(僕の考えでは必然なのだけど)で世の中そのものなのし。だから、僕はこの曲にも「個人の立場を超えた普遍性」は充分あるんじゃないかと思います。▼あと、管理人さんの仮説は例の事件に執着しすぎているのではないでしょうか。桜井さんはもっと一般論で書いているのではないかと僕は思います。
繰り返しになりますが、たとえ変質者や犯罪者を社会が生み出したとしても、裁かれるべきは変質者であり犯罪者です。「片一方を裁く」べきです。長崎事件に引き寄せすぎたというご指摘については、これも前述しましたが、仰る通りです。
通りすがり (2004年04月10日 04:11)/同じく管理人さんは長崎の事件についてこだわりすぎじゃないかと思います。テレビをつけたら、こんなニュースが流れていた。いろんなことを考えるきっかけになったというだけで、この歌に出てくる「加害者」「被害者」は、事件の加害者被害者のことではないと思いますよ。▼少年が悲惨な事件を起こしたニュースをテレビで見た。小さい子供を持つ父親ならば、うちの子供が同じような被害にあわないだろうか? と思う。(子供らを被害者に・・・)続いて、容疑者はまだ中高生だという。ああ、うちの子供もこんな事件を起こしたりはしないだろうか?いまどきの子供はわからないからな・・・と思う。(加害者にもせずにこの町で暮らすため・・・)で、こういう事件で決まって出てくる加害者像として、小さい頃両親の愛情を受けられずに云々というのが出てくるのを受けて、「相変わらず愛す以外にないだろう」とこの歌の歌詞が続いてくることになるんじゃないでしょうか。▼で、いきなりこんな話を持ってくるのは唐突なので、そんなことを考えている自分の日常の風景・出来事をはじめのAメロにもってくるってのは、ミスチルのメッセージソングにはよくあるパターンだなと理解しましたけどね。だから、この歌を聞いたとき、子供を持つ父親の考えることをストレートに歌にしたんだな。と、素直に受け取れましたね。
長崎事件に引き付けすぎた点は、再度の繰り返しになりますが、仰る通りです。あなたの言うようにこの歌は、あの事件をきっかけに父親として感じた心の動きを描いたものなのでしょう。そこに矛盾や齟齬があっても、むしろ父親の心とはそういうアンビバレンツなものなのだとも言えると思います。そして、そういう曲に私は残念ながらあまり魅力を感じません。加えて「こういう事件で決まって出てくる加害者像として、小さい頃両親の愛情を受けられずに云々というのが出てくるのを受けて…」の下りは、もしそうだとしたら、桜井の「過剰な父性」としかやはり言いようがないですね。こういった少年犯罪の原因に親の愛情が足らなかった云々と分析する精神分析医を私は信用していないし、もし仮にそうだとしても、それを「愛すこと以外にない」なんてオノヨーコにとち狂ったあとのジョン・レノンみたいな結論で乗り越えるってのには相当な無理があると思います。あなたの発想は、両親が健全で愛情たっぷりに育てられた子供じゃないとまともじゃないから注意しろっていう偏見に繋がるのではないですか。
odmt (2004年04月12日 04:13)/(前略)僕は「戦争や犯罪をせざるをえない状況」に追い込まれてしまったらどうしよう、そうならないようにどうしよう? というようなイメージに聞こえましたし、池田さんは「過剰なまでの父性」と評されるようですが、それだけ対象に感情移入できてシンクロしてしまえる感性を桜井さんが持っているということだと思います。そしてその感性ゆえにミスチルの曲は心に響くのではないでしょうか。▼あと、構成に関してですが、確かにAメロは弱いというか、あとの展開に対して浮いてる気はしますね。長々とすいません、それでは失礼します。
ポップスの作り手としての桜井に必要なのは、対象に感情移入する感性ではなくて、聴き手に感情移入させる感性、あるいは技術だと思いますが。Aメロについてのご指摘は同意。
K2 (2004年04月14日 01:09)/僕も通りすがりですが、2個上の「通りすがり」さんの意見に賛成、というか同じようなことをタガタメに対しては感じていました。僕は音楽の詳しいことについては分かりませんが、確か元々この曲は公式HPに、「カントリー調のアレンジで、ほのぼのとした曲になればいいと思っていた。」とある通り、違う感じの曲になる予定だったんですよね? だから私自身としては最初のAメロの弱さとか、詳しい曲構成は、今となってはこの曲はアルバムの中に入っているものの、別にシングル化するとか、営利目的で出した曲なのではないのだから、そこまでこだわってとやかく言うことはないのではないかと感じました。 ただ、メッセージソングというか、まさに「詩(うた)」として受け取りたい作品だと僕は思います。
この楽曲が営利目的であるかないかで、この曲に対する私の批評は少しも変わりません。加えて、下のカタコトさんのご指摘どおり、そりゃ営利目的ですってやっぱ。音楽を作ること、配ることにはコストがかかるんだから当然です。
カタコト (2004年04月14日 10:31)/CD化したんだから、営利目的でしょ(笑。っていうか、Mr.Childrenのクレジットでリリースした時点で、そりゃ営利目的だし、プロの仕事とみなされてしかるべきだと思います。管理人氏のタガタメ批判は的を射ていると私は思いますが
同意。
KT (2004年04月20日 19:46)/でも、始めはお金目的じゃなくて人々に伝えたいことがあって作られた曲ではないでしょうか?タガタメは始めラジオで放送してたけど、CDにするかどうかは決まっていないまま放送していたのだし。「シフクノオト」にこの曲が入ったのはファンの声に応えてだと思うのですが。
伝えたいことの無い曲なんてないでしょう。
カタコト (2004年04月20日 22:56) >KTさん タガタメがCM曲になったの知ってる?(笑
このツッコミはちょっと挑発的でしたね。2個下のコメントでKTさんが再反論。
SAKA (2004年04月21日 01:03)/はじめまして。思いつくままに走り書き、失礼します。▼私は父の立場としてこの曲を素直に受け入れました。もう何度繰り返し聴いているだろう。口ずさむたびに涙がこみあげるのはどうしてなんだろう。この曲の入りの歌詞が自然ですきです。共有したい思いがじわりと伝わってくる。色々なことを考えさせられました。まずなにをすべきか?悲しい事件を知るたびに、憤りの次に得体の知れない不安と無力感に襲われます。それを吹き飛ばすために、言い訳するように反戦デモに参加したり。 PTAで動いてみたり。でも、まずなにをすべきか、本当に真剣に考えたことがあったか?答えはどこにある?よその親はどう考えてる?親予備軍の若者はどう考えてる?▼この超現実的な重いテーマに、敢えて軽い響きの「愛」という言葉を持ってくるのは彼しかできないと思うし、私は肯定的です。一人一人の父性と母性がちゃんと向けられたら、もう少し世の中がよくなるんじゃないかな。通りすがりなので、レス下さってもレスできないかもしれません。そのときはごめんなさい。
愛を「軽い響き」というあなたにとって「超現実的な重いテーマ」っていったい何なんでしょ。反戦デモ。そうですか。PTAで動く。がんばってください。「超現実的」というのは「すごく現実的」(誤用)という意味ですか。それとも「現実を超えている(非現実的)」という意味ですか。要は、おっしゃりたいことが小生の拙い脳みそには伝わらないので、すみませんお答えできません。
KT (2004年04月21日 21:38)/僕はそういうことじゃないと言ってるのだけど、何かをする時の理由は一つとは限りませんよね?そういえば、ミスチルの歌う目的は何なのでしょうかね。お金か、名誉か、人々に伝えたいことがあるのか、歌うことそのものなのか、それ以外なのか。僕は多分、少なからず全部だと思います(名誉は違うかも?)。
一つ飛んで上の「カタコト」さんへの反論ですね。おっしゃることはその通り。つまりタガタメは、そういう普通の曲なんですよね。とすれば、あなたの「別にシングル化するとか、営利目的で出した曲なのではないのだから、そこまでこだわってとやかく言うことはないのではないかと感じました」という、「タガタメ」は特別な曲なんだからそこまでこだわるな、というお考えを自己否定されているように見受けられますが。
カタコト (2004年04月22日 10:51)/要は、ほんとに営利目的じゃないっていうなら、ミスチルの名前で出さなければいいじゃないすか。ミスチルの名前で出すということは、その時点で、プロとしての責任を負うんじゃないすかねえ??プロというのは、文字通り、それでお金を取るオシゴトという意味でね
同意ですね。
虹の父 (2004年04月22日 21:17)/仕事でトラックに乗っているときによく耳にします。ミスチルのデビュー時は、わたしはまだ、独身でした。今では、二児の父です。どの時代に聞いても、ミスチルは、やっぱ胸にきます。いまの子育ては、希望と恐怖があると言っていいでしょう。そう、加害者になる恐怖!!▼でも、簡単なことなんですね。恐怖におびえるのではなく、子供を単純に愛することなんですね。しかるのも愛情、ほめるのも愛情、かあちゃんの料理を感謝するのも、会社での愚痴を言うのも愛情、それでも、がんばっている姿をみせるのも愛情。人間って、いろいろあるよって、でも、ひとりで抱え込むことは、なにひとつないよって♪
いい話です。これからも頑張ってください。
sakuzou (2004年04月23日 00:23)/初めまして!僕はアルバムでタガタメを聞いて「いい曲だな」と思ってたまたま、ここにたどり着いた通りすがりの受験生です。僕が、この曲を聴いての印象は、1番の歌詞(Aメロって言うのかな?)は、長崎の事件だけでなく、最近多発している子どもに関係ある事件について親の目線で書いたんだな。と思いました。▼2番の歌詞は戦争や紛争について中立な立場で考えて書いたんだな、と思いました。▼んでもって、曲全体で聞く人に平和について考えてほしい、世界はどちらかが悪くてどちらかが善いという単純なものじゃないよって言いたいんじゃないかと思いました。▼あと、管理人さんの意見を見ての感想は、この曲を聞いて、管理人さんのように幼稚な歌詞だと思う人もいるかもしれませんが、桜井さんはそんな批判にあってもいいからいろんな人に聴いてもらいたいと思ってこの曲をこの歌詞で出したんだと思います。▼最後にカタコトさんに言いたいのですが、メッセージを含んだ曲をCD化してはいけないのでしょうか?ミスチルが世の中に伝えたい曲を自分たちの名前で出すことは、だめなんでしょうか?▼僕は歌を歌っている方々や作っている方々で営利目的が一番の人はほとんどいないと思うのですけど、「自分の曲を聴いて何か感じてほしい」というのがほとんどだと僕は思いますが?
「世界はどちらかが悪くてどちらかが善いという単純なものじゃない」。聞こえはいいですけど、あなたは日本海で接する某国から部隊が上陸して肉親を殺害されても同じことがいえますか。単純じゃないといえばそりゃあ単純じゃないわけですが、それを言えるということは本当に恵まれているってことだと思います。最後のカタコトさんへの質問は、おそらくカタコトさんのご意見を曲解されているようですね。ご本人からコメントが下にあるのでご参照。
カタコト (2004年04月23日 09:42)/だめじゃないっすよー(笑。僕はKTさんの「タガタメが営利目的じゃない」というのに対してああ書いたんであって、営利目的は否定してないですよ。「営利目的じゃないから、曲としてまとまってなくていい」ってのは、sakuzouさんが言うように「歌を歌っている方々や作っている方々で営利目的が一番の人はほとんどいない」のなら、なおさら当てはまらないはずでしょ?みんなそーならさ。
なかなかやりますねカタコト氏。
sakurai (2004年04月24日 02:33)/通りすがりの一人ですが・・・。この曲をコピーするためにこのサイトに出会い、ついでに書き込んでいきます。それにしても管理人さんの意見は、なかなか強烈だね。この歌の題材がイラク戦争だか、長崎の事件だか知らないけどさ「あまりに幼稚な父性」って、何それ?じゃあ、幼稚じゃない父性って何だよって感じなんだけど。幼稚な歌詞っていうならならまだ納得するけどね。他人の子どもが殺されてた事を聞いて、うちの子は大丈夫だろうか、死んだら嫌だな、生きて欲しいな、と思うのは当然だろ。それのどこをもって幼稚といっているのかな?▼「世界中に「父親」は何億人いるだろう。百万人の心を揺さぶるメロディを生み出し、歌える桜井和寿は世界に1人しかいないのに。なぜわざわざ・・・」って何? だからわざわざ歌うんだろ! 少なくとも世の中の父親はこの歌に共感する父親の方が多いと思うんだけど・・・。こんなことわざわざ自分の胸に秘めて思うことか?▼「4年というあまりに短い人生を終えた種元駿君に、いかなる罪と裁きがあり得るというのか。」では、加害者の少年にはどんな罪と裁きがあり得るというのか。社会的制裁?そんなとこじゃないでしょ。じゃあ管理人さんに裁けるの?そうでもないでしょ。加害者の少年だって、誰かを殺すために生まれてきたわけじゃないんだし、当然、被害者の少年だってそうだけどさ、だから、桜井は言葉にしにくいところをレンサっていってるんでしょ。そんなもん、人間が生まれて以来ずっと続いてることじゃないの?▼ある事件をきっかけに、立ち直った人、模倣犯に走った人、それだってレンサじゃないか。俺たちが産まれて、生きていくことだってレンサだと思うんだけどね。「片一方を裁けないよな」当たり前じゃないか。管理人さんは、桜井がどっちかを裁こうとしているとでも思ってるの?それとも桜井に裁いて欲しいの?▼「閉ざされたテキスト」。どこが閉ざされてるの?みんなこの歌聞いて賛否両論じゃん。閉ざされたというより、管理人さんがうけつけないというほうが、こちら側からするとしっくりくるんだけど。つまり、管理人さんにとって、このタガタメ=フユカイって思ってるのかなって感じにとれるんだけど。▼閉ざされたっていうけど、桜井はこの歌で何か結論を出しているのかな?このサイト読んでて、管理人さんの意見に納得がいかなくて、一方的に意見を書いたんだけど・・・。と言いつつ、私は桜井のファンでも、アンチファンでもないよ。
桜井ファンじゃないと書きながらsakuraiと名乗ることについてはまあいいとして。えっと、逐一反論するのも面倒ですけど、裁くのは日本の法律で、裁かれるのは加害者です。私が裁こうとも、桜井に裁いてほしいとも一言も言っていません。レンサってそりゃありますよ人間は社会的な動物なんだから。レンサする生き物。カッコイイですよ。でもレンサがあるから誰も裁けない、裁かれないという社会にあなたは本当に生きたいのですか?
KT (2004年04月24日 20:33)/「タガタメが営利目的じゃない」。僕そんなこと言いましたっけ?僕は「タガタメはお金を稼ごう!と思って作られたものではないんじゃないか」と言っているんですけど。タイアップだってお金のためなのか、それとも、より多くの人に聴いてほしいと思ってなのか、それは僕達には分からないよね。▼というか、この詩はこうだ!こういうことを言っているんだ!と言ってる人もいるけど、詩ってそういうものじゃなくて受け取る人によって変化すものじゃないかな。美的判断だし。管理人さんの意見はちょっと断言し過ぎていますよね。カタコトさんは管理人さんの意見のどの辺りに共感しているんですか?
議論の文脈から判断するにKTさん=K2さんだと思うのですが、だとすれば「2004年04月14日 01:09」に「だから私自身としては最初のAメロの弱さとか、詳しい曲構成は、今となってはこの曲はアルバムの中に入っているものの、別にシングル化するとか、営利目的で出した曲なのではないのだから、そこまでこだわってとやかく言うことはないのではないかと感じました。」と書いていらっしゃるようですが。あとですね。断定しない評論は感想文です。
KT (2004年04月24日 21:13) ちょっと付け足しを。もちろん僕も営利目的を否定なんかしていません。あと、カタコトさんって日本の方ですよね?
これについては、横槍さんからすぐに下のツッコミが入っています。
横槍 (2004年04月25日 21:50)/すみません通しすがりですが、横槍を入れますです。KTさんへ。最後の「あと、カタコトさんって日本の方ですよね?」という質問は、問題の本質にかかわりがないし、不適切ですので撤回された方がいいかと思いますよ。▼「というか、この詩はこうだ!こういうことを言っているんだ!と言ってる人もいるけど、詩ってそういうものじゃなくて受け取る人によって変化すものじゃないかな」。これについては私も同意見ですが、だからこそ管理人さんのご意見もまた、それはそうとして自由ですよね。僕は必ずしも管理人さんの意見と同じではないけれど、違う意見を封じようとは思いませんよ。断定し過ぎっておっしゃいますが、僕は、蛇足さん(管理人さん)の断定が楽しみでここに読みに来ているんです。▼たとえば「この曲はこう聴くべきだ」とか「この曲をこう聴かないのは誤りだ」というのなら話は別ですけど(それは意見の断定ではなくて、僕らに対する強要ですから)、このサイトでは管理人さんの意見を堂々と掲げているんですから、断定していて当然です。▼ちなみに営利目的うんぬんについては、KTさんに同意いたしますです。横槍ごめんなさい!
何も付け足すことはありません。
KT (2004年04月26日 19:48) 「あと、カタコトさんって日本の方ですよね?」って言ったのは、悪い意味ではなくて僕が書いたことを何となく理解されていないような気がして。しかも名前がカタコトさんなので、もしかしてと思ったからなんです。確かに問題の本質には関係ないけど、ディスカッションする上では必要でしょ?▼あと、「この詩はこうだ!こう~」というのは、管理人さんや他の方の意見を否定しているわけではなくて、「私は~だと思う」とか「~のように感じた」と結ぶべきじゃないかなということです。そうしないと意見の断定じゃなくて詩の断定になってしまうと思うんです。ということなんですけど、ダメでしょうか(ToT)
ディスカッションする上で必要なのは、相手の言語能力であって国籍ではないはずです。それから、繰り返しになりますが、断定のない評論は単なる感想文です。
横槍 (2004年04月26日 21:58)/横槍連続ですー。いやね。要はKTさんにその意思がなくても、人種差別発言だって憤るヒトもたぶんいるんで、まあ用心してくださいませ、という意味です。深い意味はないっす。それから「私は~だと思う」とか「~のように感じた」と結ぶべきじゃないかな。この下りも私の書き込みに対するものなのでお答えしますけど、文芸批評や音楽批評の世界で「~だと私は思う」とか「~だと感じた」なんて書いているヒトはあんまり見たことないっす。「このアルバムは~である」とかみんな断定してません?まあ、誉めている断定には何も感じなくても、批判している断定にはカチンと来ちゃうってのも分かるんですけどね。音楽誌って誉めることはあっても批判はメッタにないんで(だから読む価値がない、とまで私は勝手に思ってます)。まあ、単なる横槍ですんで、あんまり根を詰めずに行きましょう!>KTさん
「~だと思う」というのは当たり前だから書かないんですよね。署名つきで曲を評価してるんだから、その署名をつけた書き手が「~だと思う」から書いているに決まっているんです。それが気に入らないなら、反論するなり、読まないで捨てるなりすればいい。そこはもちろん読者に委ねられています。
ノーネーム (2004年05月11日 21:15)/みんながそうしてるからって、それが正しいとは限らないでしょ>横槍さん
ご指摘は仰る通りですが、この場合、「みんながそうしている」ことに説明可能な理由があります(上記)ので、それは正しいと思います。
ポコポコ (2004年05月16日 23:45) はじめまして。タガタメ検索して見つけました。面白かったです。桜井氏自身はこのサイト知ってるのかな???知っててほしいな・・・。▼意見や感じ方は人それぞれで、解釈もいろいろだと思います。しかし鉱雀さんは頭の良い方なのですね・・・。「掌」が何を歌ってるか分からなかったけど、あーなるほど思った(笑)。良い事ばかり言われてるとダメだし、批判も聞く耳がなきゃダメだしね・・・。これからももっとたくさんのミスチルの曲解釈してくだされ・・・。出版したら買いますよ(笑)
ありがとうございます。がんばります。
えり (2004年06月26日 23:17) 歌詞を1つの事件とだけ比べたら、そりゃあ批判も出るでしょう。そんな単純に歌詞は作っはいないんじゃないでしょうか?1つの事にだって答えは1つじゃないし、他にも色んな事があるから意見も無数にあります。うまく言えないけれど、皆さんの言うように管理人さんは1つのことに執着し過ぎだと思います。
ご指摘の通りです。下でよしずみさんが書いてくれていますが、私も考えを進めました。続編もお読み頂ければ幸いです。
よしずみ>えりさん (2004年06月27日 11:35)/蛇足氏(管理人さん)はもっと考えを進めてらっしゃいますよ。http://dasoku.s6.xrea.com/?date=20030916 と http://dasoku.s6.xrea.com/?date=20040420
いつもどうもありがとうございます m(__)m
あつし (2004年07月13日 02:49) 通りすがりですが、興味深く思ったので書かせて頂きます。 僕はミスチルのむっちゃファンってわけでもなくて、ただ先日借りたアルバムに入っていたこの曲を気付いたらリピートにしてずっと聴いていました。このサイトに来たのもPCをいじっていて偶然気になって検索していたらたどり着きました。▼皆さんのように上手に表現は出来ないですけど、すきとかきらいとか賛成や反対や、そんな言葉で現せるような曲ではなくて、ただすごい引っかかるトコロのある考えさせられる曲だったように僕は思います。▼信じられない事が信じられないように身近で信じられないくらいあっけなく起こってしまう世の中で、いつ被害者や加害者になるとも知れないこの世の中で、それでも生きてゆくためには愛するしかないのだと僕も強く思います。誰かがそんな簡単な言葉でこの曲を、この問題を締めくくるのは安易すぎるって書いてられましたが、逆なんだと思います。▼僕は半年前友達をバイク事故で亡くしました。交差点での大型ダンプの信号無視による衝突事故で、彼はほぼ即死だったそうです。新聞の片隅にしか載らないような世間にとっては関係のない人たちにとってはきっとさほど問題にもならないような事故で、でも僕にとってはものすごい衝撃で、今この時でも彼がいないのに時が流れているのが不思議でさえあります。▼何故彼が?何故死ななければならなかった?今死ぬのなら何の為に生まれてきたんだ?そんな気持ちや喪失感、怒りや悲しみやそれ以上の沢山の想いから半年たった今でも抜け出せずにいる自分がいます。それでも愛するって、並大抵のことじゃない。そう言うことなんだと思います。▼僕が経験したような事件は世界中色んなところで起こっている。それでも僕たちは色んな想いを受け止めながら生きていて、それを放置するのではなく自己完結させるのではなくて、何が悪くて何が正しいなんて言うんじゃなくて、人と交わりながら社会で理解し合わなければ前には進まないと思うんです。▼1つの事象を見て善悪をつけるのは簡単です。僕にだって出来る。あの事故はダンプの運転手の不注意で起こってその人が悪い。でもそれでその人自身までを否定出来るかと言ったら、そうではないと思うんです。事故を起こしたのにも理由があったとかじゃなくて、憎むのは違うと思うんです。だって憎しみや怒りや悲しみなんてモノはいくらあったって何も産まない。▼管理人さんが述べてらした事件しかり、その事件自体は加害者の故意で加害者が悪であったとしても、偶然が重なり合ってその加害者がそう育ってそう思考するようになってそこで憎しみを感じたところでその人は社会の被害者かもしれない。誰かの心ない言葉に傷つき悩んで一般的に言う曲がってしまった人かも知れない。その人が言葉は悪いですけど気違いだって言ってしまったらそれまでですけど、それじゃなにも始まらない。もっと言うと少年の死はただかわいそうなだけで、無意味になってしまう。極論ですけど加害者は被害者と同じくらいかわいそうなのかも知れません。4歳児の遺族の方々はそんな心情じゃないんだろうけれど、それでもその人を包み込む愛が必要なんだと思います。その人を理解しようとする愛が。その人たちにとってのその愛は果てしなく遠い存在なんじゃないでしょうか。▼異文化交流だって同じで、宗教の違いで善悪なんて簡単に覆されてしまいます。そこで何が正しいかを意地になって争うのではなく、個々人で愛をもって理解し合う姿勢が大事なんじゃないでしょうか?▼もしかしたら桜井さんはそんなつもりでこの曲を書いたのではないかも知れない。でも勝手ながら僕はこの曲をそんな風に受け止めて、自分の糧になるように解釈させて頂きました。僕にとって得るものは大きかったです。▼子供の戯言に耳を傾けて下さってありがとうございました。失礼します。
子供の戯言だとは思いません。とても素敵なお考えで、私のように性根がひん曲がった人間には眩しいくらいです。よって、反論はできません。
ゆうき (2004年07月26日 14:42)/ミスチルについて調べていてここに辿り着きました。私は1児の母ですが、タガタメを聞いた時に涙が出ました。もちろん加害者が悪い事には変わりがないけど、自分の子供が加害者だったら、私は憎む事はできません。そんな親の思いが伝わってきてすごく切ないというか…人を殺したら世間からひどい言葉を浴びせられるのは仕方のない事ですよね。裁かれるのは当たり前です。でもそれが自分の子供の身に起こった事だったら…それでも、自分の子供を愛さなくなるっていう事は無理です。上手く言葉にできなくてすみません。同じ親でありながら、自分の子供が加害者になった時のことを想像するのはとても難しいです。▼だからやっぱりそこが桜井和寿なんだと思います。この歌詞を聞いた時に私は母と一緒にいたのですが、『親ってこんなもんよね』って二人で話しました。そして父性というよりは母性に近いものを感じました。関係のない話ですが私の子供はもう亡くなってしまったんです。この子が生まれてすぐにタガタメを聞いたんだったと思いますが、まだ母として全く自信のない時に『この子は命がけで守って、愛していこう』って思わせてくれた歌です。
お子様のことは、ご愁傷さまです。辛い現実に直面しながらも前向きなメッセージを寄せていただきました。私はいまだ人の親ではありませんので、あなたのコメントを受け止めてお返しすることができません。残念です。
みゅん (2004年07月31日 00:25)/随分批判されていますね。私はまだ高校生で親にぶら下がってる状態ですが、タガタメにはすごく共感いたしました。なんだかみなさん、日本のあるところで起きた悲惨な一事件や、父親としての桜井さんに、こだわりすぎているような気がします。歌詞を一つの事件に当ててみるだけでは内容も薄く思えるでしょう。父親の単なる衝動と思えば怒りも感じるでしょう。▼はたしてタガタメは社会全体的に、もっと、大きく、もっと深く捕らえられないものでしょうか?身近にもっと目の前にあるように感じられないものでしょうか?▼私はまだ“子供“です。加害者にも被害者にもなっていってるのは私の仲間です。同世代、あるいは私達の世代、それより上の世代が守ってやれなかった次の世代です…。教室にいるクラスメイトなんですよ。私の、どこかの。今ここにいる私と、たった少したまたま時とかがずれただけのまた別の私なんですよ。事件を起こした子供、巻き込まれた子供と同じ場所に私達はいるんです。同じ苦しみを負って、それぞれにそれぞれなりの苦しみ方をして、同じ時を生きているとおもいます。▼私には、この社会は、(どの時代もゆがんでいましたが)時代のゆがみにみんな、特に子供は気付かれないまま、ひたすらに圧迫され、振り回され苦しんでいるように見えます。実際の加害者の子供たちは、そのゆがみに押しつぶされた者だったと言うだけのこと。“いつ来るかわからない“ものではなく、“常に背負っている”重さだと思います。▼まるで皆さん長崎の事件など、まるでどこか遠いところの話のように言っていらっしゃいますが、加害者や被害者の子供を、自分のいるところから区切って見て欲しくは無いですね。▼この歌は、そんな時代のゆがみ対する、ヤケや・スネや・ヒステリーではない、その中で確かに、生きていく人間の歌のように思いました。ゆがんでいる、“あの”街であり、自分のいる、“この”街の中で。▼「子供らを被害者に、加害者にもせずに、この街で暮らすため、まず何をすべきだろう。」……見逃されがちな、子供にまっすぐに目を向けてくれた、ものすごく希少な、出て欲しかった、在って欲しかった歌です…。
あなたも書いているように、どんな時代だって歪んでいるといえば歪んでいます。身分差別があった時代、生産者が特権者に搾取されていた時代、性差によって社会参画ができなかった時代、私有財産や自由が戦争のために奪われた時代。いつの時代も歪んでいて、むしろ歪みのない時代として想定するものはイデアでしかないのではないのでしょう。だからこそ、社会のせいにしてほしくない、と思うのはそんなにおかしいことでしょうか。社会構造に由来する同じ苦しみに耐えながらも、罪を犯さずに頑張って生きている真っ当な人だって沢山いるはずです。そういう人は新聞やテレビで報じられることがないのでなかなか気づけませんが、あなたが“隣人”として思いやるべきは、実はそういう人たちではないですか。
ゆうき (2004年08月05日 19:58)/昨日、戦争の映画がテレビであっていました。出産後初めて戦争映画を見ましたが、親になる前に見た時とは感じ方が違いました。それは本当にタガタメの世界です…戦争だろうが犯罪だろうが、自分の子供が加害者や被害者になったら同じ気持ちだと思います。自分の子供ですから…
親になってからコメント返します。
Myah (2004年10月09日 09:21)/確かに長崎の事件と関連付けると、こういう論調にもなりますよね。私はイラク戦争の方を先に思い出したので歌詞の内容はすぐにしっくりときました。ただ「でももしも被害者になった時」以下の歌詞は確かにもうちょっと別の解答が欲しいな、とも思いましたが。子供らを被害者に加害者にもせずに…いずれも大人の責任ですよね、これは。今すごく好きな歌のひとつです。管理人さんの文書を見て芸術は受けてのとり方次第、と改めて感じました。
もうさんざん繰り返しましたが、リリース当時は、インタテクストの観点からも、長崎の事件と結びつけて論じましたが、その考えをさらに進めました。続編もお読み頂ければ幸いです。
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コメント
検索していてみつけました。めちゃくちゃ通りすがりなんですが、一言書かせてください。
池田さんの文章を読んでいて愛を感じられないです。桜井が言う「逆の発想」についてどう思われていますか?長崎の事件と関連して考えたとしても逆の発想でいけば加害者、被害者の境界はあいまいです。
逆の発想を世間の人に話すと、必ず誤解と非難を受けると思います。それを避けるために、あえて「タガタメ」は池田さんのような人に批判されてしまう余地を作ってしまったんだと思います。私も被害者、加害者について考えている本当の意見を披露するだけの勇気はありません。真理に近づいた人にしてみれば自明のことでも、そのレベルに達していない人から見れば理解できない、だから自分の立場を正当化するために批判し断罪するんですよね。池田さんはイデアの洞窟の中にいるんですよ、影しかみることができていない。連鎖というものの業の深さや恐ろしさを本当にはわかっておられないんだなと感じました。
加害者を裁くことは必要です。でもそういうレベルで書かれた曲じゃないんです。
「愛」という言葉について定義するところから始めないといけませんね、世間の多くの人が考えている「愛」の定義は私に言わせれば「愛」ではない。桜井が歌っている愛はとても大きくて深いものです。「Sign」を聞けばわかるでしょ?
被害者、加害者、そして子供の行動の根源になっている動機が何かをもっと知ってください。全部「愛が欲しい」と強く求めているんです。
>ひとよたけさん
こちらこそ温かいレスをどうもありがとうございます。「倫理的」という言葉を使ったのは、たぶん「コロニアル」さんの言葉に引きずられたせいでしょうね。確かに、文体とは畢竟どの言葉を選ぶかということに尽きます。私がある言葉を選んだ理由を追及することは、私の文章の内容を正すことにも等しいのであって、それを切り離して
>主張の内容についての反論やご意見はいつでもお待ちしております。
というのは書き手としてやや無責任でした(反省。こちらもご期待に添えるよう努力します。
ところで
>「過激さ」や「辛辣さ」は、池田さんの真骨頂
ここにちと苦笑いしましたです。なはは
お優しい返事をいただき、ありがとうございました。
「過激さ」や「辛辣さ」は、池田さんの真骨頂だと思いますので、そのスタイルはぜひとも維持して下さい。そういうスパイスの効いた記事は、読者サービスのひとつではないかという気もします。こちらも、ハラハラ感があって、楽しいです。
「倫理的」という点については・・・・・んー、どうでしょう。自分でも、池田さんに対して「倫理的であってください。」と要求しているつもりはないのです。ただ、気に掛かる言葉については、どういう必然性があってその言葉を使われたのか、少し突っ込んでお聞きしたいような気もします。そういうとき、倫理や道徳を振りかざさず、どうしたらうまく池田さんに噛み付けるか。こちらも腕を磨いていきたいと思います。
>ひとよたけさん
すみません。報酬云々は私の中での問題です。(お金というカタチでないにしろ)報酬があるかないかということに、私の中では、プロとしての仕事が求められているかそうでないかを切り分けるためのひとつの基準です。おっしゃるように、読者には何の関係もありません。
「シャレにならない」という発言自体、その通りだと思うし、それで腹を立てたり、あなたの書き込みを迷惑だと思ったことは一度もありません。そのような印象を読者に与えかねないということも承知の上で書いています。ただ、この場に書く上で、その発言がシャレになるかならないかということまで勘案する必要性を私は感じていないのです。すみません。そういう意味で、内容や発言の過激さとか辛辣さとか倫理的な問題とかを指摘されても「治らない」(というか治す気がない)ので、「放置プレイ」をお願いしました。
うう。わかっていただけるでしょうか。気を悪くしていないことだけでも伝わればいいんですが。
もちろん主張の内容についての反論やご意見はいつでもお待ちしております。
「今後は放置プレイで・・・」と釘を刺され、しょぼくれているひとよたけでございます。
わたくしの「シャレにならない」という言葉、お気に障りましたでしょうか。
私にとっては「あまりに幼稚な父性」という池田さんの発言は、かなりの衝撃だったんです。その言葉は、ひとりの人間の人格を、否定する言葉のように感じましたから。「えーっ、そんなこと言っちゃっていいの?」と正直思いました。
その感情が、その後の私の一連の書き込みへと繋がって行ったのだと思いますが、池田さんにとってはご迷惑だったでしょうか。すみません。
あ。それから。
>この文章を書くことで何ら報酬を受けていないので、
という池田さんの説明がよく理解できません。
このような開かれた場(ウェブサイト)において、書き手が報酬を受け取っているのかどうかは、読者にとって、あまり関係のない話だと思うのですが。
池田さんの「書く」というエネルギーに恐れ入りました。続編でばっさりやられちゃうのかと思うと、わくわくします。
お誕生日、おめでたうございます。お体にお気をつけて、今後ともいいお仕事をなさって下さい。
もう10年ミスチルのファンなのですが
曲を聴いて論理的に考えられる皆さん(蛇足様も含めて)が凄いというか羨ましいです。
何気なく曲を聴いていた自分が恥ずかしくなってきます。
ダメだ・・・勉強になりすぎる