出雲崎
2004年11月19日16:31
思い出す度になぜか胸が締め付けられるような町がいくつかある。社会人になって5年。学生時代に貧乏旅行で訪れた、日本各地の小さな町々を思い出す度にそんな思いに駆られるのはなぜだろう。二度と帰らないあの頃の「いま」と「ここ」が、その町の景色を背景に私の胸に刻まれているからに違いない。(シリーズ:思い出の町)
新潟から電車で1時間30分。出雲崎という町も、私にそんな思いを抱かせる町のひとつだ。
江戸期の僧侶で、歌人としても知られる良寛ゆかりの地として知られている。
まだ学生だった私は、昼過ぎにに出雲崎駅に降り立った。戦前に敷設された越後線は、海からの艦砲射撃を警戒して山ひとつ内陸に引かれている。駅から海辺の町に出るまで、二時間近く歩いた。
小高い丘の上にある良寛ゆかりの「良寛堂」は、眼下に日本海を臨み、その遥かには佐渡島の島影が霞む。たどり着いた頃には、歩く自分の影が大分伸びていた。
金はないが時間はある学生の貧乏旅行だ。良寛堂の敷地内にある庭石に腰掛けて飽きずに海を眺めていると、次第に空が朱色に染まり始めた。
そこからの光景が忘れられない。
夕日が水平線に沈むその瞬間。ばらばらに散らした太陽のカケラがきらきらと水面に反射して、空は朱色に一面染まる。朱色の海と朱色の空とが水平線付近で溶け合っていくのを眺めているうちに、知らず太陽が沈んでいく。沈むほどに朱色は濃く、激しさを増していく。
日本海というキャンバスに描かれた、毎秒かたちを変え、一瞬たりとも同じすがたをとどめない壮大な絵画を眺めているようだった。気づけば薄暗い寺の境内で、ひとり呆然と立ち尽くしていた。
地元の老婆が散歩に連れ出してきた犬に吼えられて我に返った。
学生の図々しさと厚かましさだろう。その老婆の家にその晩は泊めてもらうことになった。「お客様が来たときにはこれ」と老婆が空けてくれたビールを一緒に飲んだ。夫に先立たれて一人暮らしの老婆だった。
翌朝、一緒に犬の散歩に出て、海沿いの漁師町を歩き、浜焼きされている一夜干しのカレイとニギスを買い求めた。朝もやの浜辺に、炭火で魚の脂が焼かれて焦げた香りが漂っていた。
老婆は「買い物があるから」とバスに乗り込み、駅まで送ってくれた。二時間ほど歩いた道のりを、ほんの数十分でバスは走り抜けた。改札口で手を振ってくれていた老婆の姿を思い出すと、半日ばかりの出会いであったのに、今でも少し泣きたいような気持ちになる。
買い求めた魚は、出雲崎から柏崎に向かう電車の中で食べた。
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コメント
いいですねーこういう旅をしてみたいっ!!