「ノミの未来」を拝読して
2004年12月14日12:41
かつてアルバイトで文芸誌の編集をやっていたことがある。しばしその記憶を呼び起こし、文芸誌編集者に舞い戻って、大学時代の後輩おやぎ君がものした最新作「ノミの未来」の原稿を受け取ってみよう。「嗚呼 青春文学館」オープン(リニューアル)へのお祝いということで。
おやぎ先生
御玉稿を賜りましてありがとうございました。一読、数分。読みやすく、簡潔達意の硬質な文体はさすがで、一気に物語に引き込まれました。今後の展開も楽しみです。
ただ、第一読者として何点か気になる点がありました。場合によっては作品をよい方向に変えるヒントになるかもしれないと思い、お伝え申し上げます。
体言止めを多用した一人称の語り文体は、先に申し上げましたように大変読みやすく、また息せき切って駆けつける「おれ」の焦燥感や、詠嘆的に過去を振り返るぶっきらぼうな「おれ」の朴訥さを感じさせて大変効果的なのですが、リズムが多少もたつく部分があったように思いました。
母の死に目にゃ、間に合わなかった。
尻を蹴られて追ん出され、乞食同然で路地へ出た。
の「にゃ」「追ん出され」のような語り文体や、
姥捨て山のどんづまり。
無様を承知で不幸をきどれば、戦後五年の上野のはずれ。
のような五・七調を使ってリズムカルに物語を運びながら、そのドライな感覚が、母を語る段になると突然ウェットになることに多少の違和感を感じました。それがリズムのもたつきに繋がっているように思うのですがいかがでしょう。(ちなみに五・七調をいかすなら「無様承知で」の方がいいかもしれませんね)。
そんなおれを、それでも母は見捨てなかった。おれが悪さをするごとに、とぼとぼまわって頭を下げた。サンドバッグのように殴りつけても、黙っておれの生活をささえてくれたのは母だった。
参考意見として申し上げますが、「おれの生活をささえてくれた」ではなく、どう支えたのか、そのファクトを、「~してくれた」という主観でなく、客観的にドライに「おれ」に語らせることはできませんか。
老人ホームで孤独に死んだ「母」というファクトだけで十分にウェットなのですから、さらにその上で、「母への感謝」「優しかった母」とやり出すとやや過剰な印象を受けます。母への思いを強調したいならば、安易に「~してくれた」とやるよりも、徹底して客観的なファクトを書き込んでから、最後の最後で主観を溢れさせた方が効果的ではないかと思います。
同じ理由で
山岸峰子……おれを育てた偉大な母親。静かに布団にくるまれていた。
と、冒頭で「偉大な」と位置付けてしまうことにもやや違和感を感じました。そもそも息子が自分の母親に対して「偉大」という思いを抱くでしょうか。息子にとっては、もっと等身大な、身近な、ごく当たり前な行為の積み重ねに過ぎないはずです。
細かな点ですが
府中出所の冬の朝、丸刈りになったおれの手を握り、毛糸のマフラーを巻いてくれたのも母さんだった。
の「母さん」は「母」の方がいいでしょう。前に「母」とあるので。
終戦直後の混乱期、焼け野原にバラックが立ち並び闇市が横行している上野に生まれた「おれ」が、これからどんな人生を歩んでいくのか、母の顔に皺を刻み続けるそのハードボイルドな半生が読者として楽しみです。
ちょっと時代を下敷きにしてみると、「おれ」が生まれた戦後五年(=昭和25年)は、朝鮮戦争が六月に勃発し、レッド・パージが起こって逆コースが進み始めた年です。そのわずか五年後に「もはや戦後ではない」と叫ばれる神武景気の好況に沸き、60年代の高度経済成長を経て、「おれ」が刑務所に入る昭和45年に大阪万博が開かれ人口が1億人を超えます。
戦後のバラックから立ち直れぬままに生きざるを得なかったヤクザな「おれ」が、いわゆる米国型ニューファミリーを模倣した「核家族」が両親を切り捨てて高度成長を支えるのとは別の軌跡で、唯一の「家族」であった母親に皺を刻み、一見断絶しながら、むしろどこかで強い絆で繋がり続けてきたという「神話」を一読者として見出してしまいました。これは愚読かもしれませんが。
次稿も楽しみに待っております。臆面もなく愚見を申し上げましたご無礼はご容赦くださいませ。寒い季節ですが、くれぐれもご自愛のうえ、ますますのご健筆を頂きますようご期待申し上げます。
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コメント
おやぎさんの『約束』、読ませていただきましたが、面白かったです。
ああいうの、私、好きです。
(え、書き込む場所が違う?)
まずは、ご丁寧に批評いただきましてありがとうございました。
就寝前の楽しみにと本サイトを開いたとたん、こちらの記事でしたので、まずは驚き、焦りました。
一段一段拝読をさせていただきながら、正直冷や汗が止まりませんでした。
素人の練習作品どころか、わずか書き出し二枚きりの代物に、これほどまで丁寧的確なアドバイスをいただきまして誠に恐縮しています。
ところどころのリズムの崩れについてまずご指摘をいただきましたが、まったくおっしゃる通りだと思います。前半と後半を見比べてみればまったく別の文体ですし、読んでいて確かに違和感を覚えます。これがいいと思ってはじめたことが、たった二枚目までですら徹底できていない。
また
>>終戦直後の混乱期
以下にいただきました時代背景に関するご指摘は特に勉強になりました。
何といいますか、いまこうして自分の文章を読み返してみますと、体の良い言葉をつないでいるだけで、厚みがない。実体の上辺だけをなぞっているようで身がない文章という感じがいたしました。
今回(というより毎回)、時代背景については、まったくの不勉強だったというほかありません。何かを書こうとする際に、まず下調べを入念にしておくということがどれだけ大切かということが初めてわかったような気がいたします。
時代全体、もしくは舞台全体の背景をしっかりとつかむことによって、はじめて書く文章にリアリティをにじませることができる、面白みをもった書き込みができるようになるのだと思いました。
いまはとにかく恥ずかしい思いで一杯ですが、少しでも面白いものが書けるように勉強しようと思います。
今日は本当にありがとうございました。