故人について書く
2005年01月17日21:14
企業戦略や新製品情報の記事が簡単だとは言わないが、人物の生き様を描く“人モノ”の原稿はそれよりもさらに一歩、難しい。まして主人公が故人であればなおさらだ。
昨年末から今月半ばにかけて取り組んでいた仕事はまさにそれだった。2002年1月に既に亡くなられている人物について、遺族や知人、友人などに取材して書いた。難易度の高い仕事だった。
そこで思ったのは、人間の記憶というものの儚さだ。複数の人から同じ出来事について取材しても、細かな点で齟齬や矛盾、事実誤認が数多く出て来る。故人ゆえ本人に確かめられないので、念入りに事実関係を調べる必要があった。
死後わずか数年で、本人がいないというだけで、多くのことが忘れ去られていく。
それでもなお、遺された人たちの間に、細かな記憶の違いや風化を越えて、故人の息遣いや生き方のようなものが共通して残っている。それを彫り越すのが、今回の私の最大の仕事だった。
やがて空気に遺された余熱が冷めていくように、その息遣いさえこの世から消え去る時が来る。それを、記者という立場で書き残せたことは存外な幸せだ。
いや故人だからそれを強く思うのだが、人モノの記事とは一本一本が常にそうでなければならないはずだ。キザに言えば、その人間が生きた証というものを記録するのが私たちの仕事だ。それを忘れてはならない、と強く自戒せずにはいられなかった。
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コメント
>やがて空気に遺された余熱が冷めていくように、その息遣いさえこの世から消え去る時が来る
いろいろ思い出して少し泣きそうになりました