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麻生幾「38℃」

2005年11月24日02:44

38℃ 北京SARS医療チーム「生と死」の100日麻生幾「38℃ 北京SARS医療チーム「生と死」の100日」(新潮社、1500円、蛇足の勝手お勧め度:★★☆☆☆)

鳥インフルエンザが怖いのですでにウイルスよりも“隙間”の小さい高性能マスクをネットで購入したはいいけどもまだ納品されないという昨今、中国の疫病対策の実態を知りたくて入手。帰宅中の車内で読破してしまった(30分間)ので若干割高感はあるけど、逆に言えばまあ30分間一気に読ませてくれるクオリティはあった。SARSが蔓延した北京市内の救急病院内のドラマを、取材を元に再現している。

表題の「38℃」とは、北京のSARS対策チームが、SARSに罹患したかどうかを判定するために定めた唯一の診断基準だ。まだ病原体が明らかでない疫病と闘うとき、人類の知恵は18世紀から何も進歩していない。肺炎症状を呈し、体温が38℃を超えたらSRAS、超えない場合はSARSではない、というきわめて前近代的な診断しか医師はなしえなかった、というわけだ。

同著では、はじめマスクだけで、やがて高精度マスクになり、最後に完全防護服を着用して治療に当たった医療チームの活躍を描く。ただスーパーマンとして描くだけでなく、その医療チームの中でSARSに感染し、隔離されて死に至る看護婦を、一人の、まっとうな人生を歩む女性として描くことで、美談に満ちたプロジェクトXに終始することを免れている。隔離された看護婦は、夫の携帯電話に、毎日のようにメールを送る。そのメールの内容はいつも「元気だ」「今日は気分がいい」「心配はいらない」という明るいものばかりだったが、やがて「あなたの口座の暗証番号は***だ」というような「死への準備」を思わせるものに変わっていく。

著者のメッセージは、中国が医療分野で日本より遅れているからSARSが蔓延した、と考える日本人が多いが、どっこい中国の医療水準や医療に携わる人たちの志は高く、それでもなおSARSの蔓延を許した、ということらしい。つまり、高度な医療技術がある日本でも伝染病の蔓延(アウトブレーク)は起こり得る、と。

著者は後書きの中で、中国当局の監視の下に取材を進めたが、本音を聞き出せた、というように振り返っている。「隔離とは名ばかりで強制収容。相当無茶なことをやったり、情報を隠したりしているに違いない」という中国の医療・疫病対策に対する日本人の「偏見」を捨てて取材すれば、日本も中国も同じだ、ということらしい。

ただ、数人の関係者にインタビューできたからといって「偏見」が本当に「偏見」なのか、どうして明断できるのかという疑問は残った。「私はこんなに頑張った」という医療チームのメンバーに会って、その証言が「本音」で、つまり事実だったとしても、それが「A(その医者が頑張った)という事実があった」証明になっても、「B(差別的で非人道的な隔離行為や情報の隠匿)という事実がなかった」証明にはならないのだから。

当局の目が光るところで「Bという事実」の有無を検証する取材は不可能に近い。

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