ROCKIN'ON JAPAN文体
2005年11月25日00:00
結局のところザ・ケムンパスの音楽を聴けていなかったのだ、というのが最新アルバム「ウナギイヌ」をCDプレーヤーに放り込んでしばらくリピートして聴いたあとに得られた結論だった。このアルバムはザ・ケムンパスにとってもちろん新境地ではあったが、同時に彼らがデビュー以来積み重ねてきた音と言葉との集大成でもある。断言してしまうが、ザ・ケムンパスはこのアルバムを出すために結成されたバンドなのだ。それほどまでにこのアルバムは、ザ・ケムンパスにとって大きな意味を持っている。
前作「レレレ」ではバンドの生々しくも力強い生命力を見せつけてくれた。そこにあったのはロックであり、何かを求めてやまない求道的(ストイック)な叫び(シャウト)だった。「ウナギイヌ」は一見、前作と比べてロック色が希薄だ。しかし、完成度の高いポップスを装ったこのアルバムの向こうには、メンバーが巧みに覆い隠したロックの生傷が、隙間からちらりと垣間見える。音楽や言葉が静かなものでも、それは確かにリスナーの深層心理を揺さぶり、衝動を解放する。ポップスのスタイルを装った不敵なロックがここにはある。
“おでかけですか”という曲は、「おでかけですか/レレレのレ」とただひたすら反復する。箒を片手に近所のおじさんが「おでかけですか」と尋ねるという、何気ない日常を切り取って来るが、そこに「レレレのレ」と付け加えることで、ありふれた日常の光景が異化される。その異物感こそ、彼らが歌ってきたテーマに他ならない。当たり前のことを、当たり前であるという思いこみに過ぎないとさりげなく提示することで、僕たちに「当たり前」と思わせる現代社会の巨大なシステムを浮かび上がらせるのだ。ザ・ケムンパスとは、そのシステムに立ち向かうドン・キホーテであり、どんなにポップな歌を歌っても、そこに込められるものはロックに昇華していく。
JAPONは、この日本のロック界にとって記念碑的な存在となるアルバム「ウナギイヌ」を生み出したザ・ケムンパスのメンバー全員にインタビューを試みた。彼らの生み出す「言葉」もまた、音楽と同じく僕たちの胸を突き刺す。(ROCKIN'ON JAPON 2005年12月号 ザ・ケムンパス独占インタビューの前文)
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コメント
>こころさん
ご無沙汰しておりました。また来てくださってありがとうございます。文体が好きかどうかですか・・・えへへ。関係者(知り合い)が読んでいる可能性があるんではっきり書けませんが、嫌いです(きっぱり)。
ケムンパス、ないと思いますよ。あったりして・笑
遅ればせながら、蛇足さんのブログ更新復活を喜んでいる者です。
この記事を見て、蛇足さんのユーモアに感心し、大笑いしました。
どっからどう見てもJAPANのレビュー・・・(笑)
野暮なことをあえてお訊ねしたいのですが、蛇足さんはこのエントリーで模写した文体が好きなのでしょうか嫌いなのでしょうか?(笑)
あと、ケムンパスは実在するバンドの代名詞なのでしょうか?(笑)
空気を読まないバカな質問だったらすみません。。。
えっと、何のことやらよお分からないエントリー(記事)になってしまいましたが、あの、スパークリングワインで大変酔っぱらっておりましてですね。茶化したわけではございますのですけど関係各位ご勘弁ください。えへへ
さすがの文体模写、恐れいりました(笑
ぎゃはははははっ
ディスプレイの前でにやにやしちまったよ
さきほど、Ads by Goooooogle の広告(↑)に、「ロッキンオンJAPAN」が表示されていて面白かったです。
怒られますよ?笑
(ちなみに、「一夜干し」の広告も出てました。こちらはウナギに反応…?)
でも、ま、なんでも書ける人ですねぇ。