学習塾講師の人間性について
2005年12月13日19:46
京都で学習塾講師が少女を刺殺した事件を受けて、朝日新聞の社説は以下のように主張している。
一般的に学生は教えることはある程度できても、教育者としての専門的な訓練を受けていない。子どもとのコミュニケーションがうまくできない若者もいるだろう。教育の場にそぐわない人には早くやめてもらうしかない。…(引用中略)…この塾は成長を続けていた。講師の人事管理で甘くなっていなかったか。疑問がぬぐえない。
最後の二文の(文章としての)拙さについては置くとして、学習塾が採用する講師の人間性をチェックすることが「人事管理」として必要なのか、いや必要だとして可能なのか、この朝日新聞子は真面目に考えているのか。批判のための批判になってやしないか。
社説の最後はこう締められている。
塾では、子どもの成績を上げる先生がいい教師だと評価されがちだ。しかし、それ以前に、まず分別のある大人であることが必要だ。そのことを今回の事件は改めて示している。
学習塾では、子どもの成績を上げる先生がいい教師だと評価「されがち」ではなくて、「されるべき」なのだ。なぜなら成績を上げることが学習塾のレゾンデートル(存在意義)なんだから。
朝日新聞子は、スーパーマーケットの鮮魚売り場の従業員が客を刺し殺したら、こう書くのかね。
スーパーマーケットでは、新鮮な魚を仕入れて手頃な値段をつけ顧客の要望に応じて的確に調理する従業員がいい従業員だと評価されがちだ。しかし、それ以前に、まず分別のある大人であることが必要だ。そのことを今回の事件は改めて示している。
学習塾で刺殺されたことが問題なのではなく、大学生が小学六年生を刺殺したことが問題なのであって、舞台が学習塾であろうともスーパーマーケットの鮮魚売り場であろうとも関係ないんじゃないかい?
トラックバック
trackbackURL:








コメント