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台湾好吃(3)阿里山のキャベツ

2006年04月21日01:42

tetsudou.jpg嘉義から東方の「阿里山」に向かって全長70キロの鉄路が引かれている。「阿里山森林鉄道」と呼ばれる鉄道だ。

始点である嘉義駅の標高は海抜30メートル。これに対して終点の阿里山駅は2200メートルを超えている。わずか70キロの間にこの標高に登り詰めるため、「森林鉄道」と名付けられてはいるがその実、登山鉄道の名にふさわしい。急峻な傾斜を避けるためにループ線やスイッチバックを多用しているが、それでも最大傾斜は60パーミル以上。つまり、100メートル進むごとに6メートル標高が上がるという急な坂道だ。ゴムタイヤの自動車ならいざ知らず、金属レールの上を鉄の車輪で走る粘着式鉄道(ケーブル牽引式鉄道などと区別して、レールと車輪の摩擦だけで推進する鉄道を「粘着式鉄道」という)としては限界に近い傾斜角といえる。

ticket.jpgこの鉄道が敷設されたのは日本統治時代の1914年。伐り出した木材を麓の嘉義に運ぶことを主目的として建造されたという。ま、ご託はその辺りにしておいて、とにかく俺たちは鶏肉飯の嘉義からこの鉄道にえっこら乗って、目指すは阿里山という次第に相成ったのだった。

ところで、阿里山、といってもその名の山はない。台湾島のほぼ中央に幾重にも連なる連峰、もしくはその一帯を「阿里山」という。台湾烏龍茶に興味を持たれたことのある方であれば一度は耳にしたことがある地名だろう。この一帯で採れる高山茶は珍重され、台北市内に行けば驚くような高値で取引されている。俺たちの阿里山行きの目的の一つは、その阿里山高山茶を安く手に入れることだった。

嘉義から阿里山まで、所要時間は3時間30分。平均すると時速20キロ少々という速度になる計算だ。ディーゼル機関車がものすごいエンジン音を轟かせているが、車窓から見える自動車の方が遙かに速く、俺たちを追い越していく。しばらく平野部の市内を走るからそのノロさに苛立ちもしたが、やがて傾斜がきつくなり山道に入っていくと、車窓の風景に魅せられて俺たちは時間が経つのを忘れた。

移動式植物園のような森林鉄道

shanai.jpg嘉義といえば、台湾でも中部。緯度が沖縄よりも南になるから、台北など台湾北部に比べて寒暖の差に乏しく、気候区分でいえば亜熱帯に属する。車窓に生い茂る植物は、バナナの木、アロエ、椰子、ビンロウなど。日本で言えば飛行機で宮崎空港に降り立ってバスで市内に向かう途中に車窓に見える芭蕉や椰子の木に感じるちょっとした「南国情緒」みたいなものが、もう見渡す限り、コレデモカといった感じでどーんと広がっていて、もう情緒などというものでは全くなく、迫力があって壮観である。

それが、上り坂をえんこらしょどっこいしょと登るうちに、気温が下がり初め、標高700メートル付近から気候区分も暖帯に変わる。すると、いつの間にか植生が変わり、南国情緒満載の植物たちから、つる性の植物や灌木、そして茶畑へと主役が交代する。さらに1700メートルを超えるころから温帯になって、日本の山でおなじみの杉や檜が立ち並ぶ景色に変わる。この杉や檜が温暖な台湾にあっては貴重であったため、危険な工事を省みずにこの山岳鉄道を敷設したのだろう。

めまぐるしく、しかも極端に植生が変わるので、まるで植物園のなかを汽車で移動しているようで車窓の景色に飽きが来ないため、時間が経つのを忘れる。

13時30分に嘉義を出た列車は17時過ぎに阿里山に到着。駅に降り立った俺たちは、おそらく阿里山では最も老舗でありしかも最近改装して綺麗になったという「阿里山賓館」というホテルの迎えのバスに乗り込んだ。

みずみずしいキャベツの甘露

ホテルで飯を食うのを潔しとしない俺たちは、ひとまずチェックインを済ませて荷物を部屋に置いて、阿里山駅前に並ぶ飲食店へ足を向けた。店の名前をメモって来るのを忘れたが、何の変哲もないがそこそこ清潔そうで、ひとまず旅先で強烈な下痢に苦しむ羽目には陥らずに済みそうな一店に目を付けて暖簾をくぐった。暖簾なんてないけどな。

阿里山といえば台湾で有数の観光地である。基本的に一見さんだけを相手に商売している観光地の飲食店で出す飯などというものに過度の期待をしても裏切られるだけというのは道理であって、まあそれでも台湾の飲食店のレベルというのは総じて低くはないので、不味くはないものが出て来ればそれでいいと思っていた。

注文したのは、鶏肉飯(またかよ)、揚げた豚肉(排骨)を香草や野菜と煮たものをご飯にざっと掛け廻した豚肉飯、コーンスープ、鹿肉と竹の子の炒め物、そしてキャベツの炒め物という品々。

butanikumeshi.jpgご飯もの2品は旨かった。鶏肉飯は嘉義の「噴水鶏肉飯」で食ったもののように七面鳥の肉だけが載っかっているのではなく、甘めに炊いた昆布を細かく裂いたものが添えられていて、これが鶏の脂と滅法相性がいい。何だか沖縄風である。豚肉飯は、皿の上に丸く載っかったご飯の上に排骨が鎮座ましましており、その傍らに瓜を唐辛子油で炒めたもの、青菜、香草で竹の子を炊いたものなども添えられていた。いずれもご飯との相性が良い総菜であり、もう一杯くらいご飯をお代わりしたくなった。もっとも、何の香草かは知らないが、台湾ならではのエキゾチックな香りを苦手とする友人Hのお気には召さなかったようだが。

shika.jpg一方、中華風のコーンスープは水っぽくて不味かった。また、鹿肉と竹の子の炒め物は、オイスターベースのソースにぴりりと唐辛子が利かせてあって食わせる味だったが、竹の子がいけない。竹の子というよりは薹が立った若い青竹であって、青臭さが出てしまっている上に、煮る時間が短すぎて堅い。鹿肉の珍しさはあったが、逆に鹿肉の野趣を楽しみたいなら濃い味のソースは食味の邪魔になるばかりだろう。この濃さのソースの支配下にあっては豚肉だろうが鹿肉だろうが大差ない。

ここまでの結果は二勝二敗。観光地の飯屋としてはまあ及第点が差し上げられる店と言ってもいい成績だろうが、ここで一発逆転ホームランが飛び出す。すなわち、残るキャベツの炒め物は、コーンスープと鹿料理の失地を補って余りある一皿だったわけだ。

kyabetsu.jpg何の変哲もない炒め物である。台湾の飯屋のメニューには、必ずといっていいほど青菜の炒め物がある。空心菜やら豆苗やらともかく青菜の類を炒めたものなのだが、ニンニクを利かせながら鶏か何か濃厚な旨みのあるスープをざっと掛けながら炒めるらしく、旨みが濃くていくらでも食べられる。件のキャベツ料理もまた、基本的な調理法はそれら青菜の炒め物に近いもののようだ。皿が卓上に供されるや、ニンニクの香りが鼻腔をくすぐり否応なく食欲を増進させる。

一口含み咀嚼すると、まずはその甘みに一驚する。キャベツの芯や葉の繊維を臼歯がすり潰すと、そこから濃厚な甘みを帯びた汁が口中にあふれ出す。その甘露がニンニクのスープや油と同時に味蕾を撫でるとき、ああキャベツを炒めるというただそれだけの単純な料理でもってこれだけの心が揺さぶられていいものかと自問したくなるような感動を覚えるのだ。

標高2000メートルを超える高地の厳しい気候が、この植物には逆に格別の甘みを与えるのだろうか。上品でほのかではあるが、決して弱い味ではない。その証拠に、ニンニクの香気にもスープの旨みにも負けずに、素材の味と香りを力強く自己主張してくる。このキャベツの味わいたるやもはや料理の巧拙を超えており、おそらく塩ゆでするだけでも相応の旨さを楽しませてくれるだろう。

高山茶に甘みをもたらす阿里山の濃霧と低温はまた、キャベツの芯にも神秘的な甘露を与えることを知った俺たちは、食べ過ぎた腹をさすりながら宿に帰ったのだった。

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戦前には海軍工廠が置かれ、重工業技術が集積した町「呉」。戦艦大和を生み出した“企業城下町”の痕跡を訪ねて歩く。(2006年5月25日連載開始)
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