Mr.Children1989-2006(1):渋谷系になりきれなかった幼い詩人
2006年06月18日16:59
90年代を駆け抜けたポップグループMr.children(以下、ミスチル)の軌跡を追うシリーズ「Mr.Children1989-2006」(全5回)の第一回。バブル崩壊前夜に東京・渋谷のライブハウス「ラ・ママ」で活動を開始した同バンドの始点は、<渋谷系>という文脈の末期、ネオ・アコースティックブームの末節だった。ただし、あまた生まれた80年代後半の<渋谷系>末期のバンドからミスチルが一歩抜きんでて90年代のJ-POPシーンを牽引することになるのは、むしろ<渋谷系>に染まりきれなかった桜井和寿の個性に負うところが大きい。すでにデビュー当時の楽曲には、<渋谷系>という意匠の向こうに、覆い隠せない青臭くも幼い桜井の感性が垣間見える――。
ミスチルという構造は、はじめからそこにあった
ロバート・キャパという写真家がいる。
このハンガリー生まれの報道写真家は、ナチスによるユダヤ人排斥運動に耐えかねて1933年にベルリンを脱出した後、戦場を渡り歩いて生々しい写真を数多く撮影し、54年にベトナムで地雷を踏んで死んだ。
と、のっけから話が逸れたようだが、最初に書いておきたいのは「Mr. Children」というバンド名の由来についてだ。「大人」にしか冠せられない尊称「Mr」が、「子供」を表す「Children」に付されたこの珍妙なバンド名を付けたのは、桜井和寿と、プロデューサーの小林武史だったという話がある。
桜井は、かねてからキャパの写真集『戦争、平和、子どもたち』を好んで見ていた。今でも書店で買えるから探してみてほしい。戦車に乗っかった子供が鼻くそをほじくっている白黒写真が表紙になっている写真集がそれだ。この写真集を初めとして「自分の好きなものには『子供たち』に関わるものが多いから」という理由で、桜井はバンド名を「Children」としてはどうか、と提案した。それに対して小林は「幼稚なだけなイメージになってしまう」として「Mr」という尊称を付けて「大人/子供」というアンビバレンツを演出することを決めた。
このエピソードが本当なのかどうかは、こんなことを書くと無責任なようだが僕は知らない。知らないが、その後のMr. Childrenの歩みと考え合わせるととても興味深い。「子供」という一見ピュアな言葉の向こうに「戦争」を思う詩人・桜井と、それを過剰な記号で装飾して強調し過ぎる小林、という構図がすでに現れている。それはたとえば、小林が与えたコード進行という「意味」の上に、傷つきやすい感性でメロディを口ずさむ桜井、という形であったり、桜井が書き上げた“剥き出し”の歌詞や旋律に、小林が経験と楽理に基づいた“味付け”でもって装飾することで商業音楽として完成させていく、という形で、その後ずっと現在にいたるまで「ミスチル」であることの構造のなかに組み込まれている。ついでに言えば、キャパの戦争写真に惹かれるというところに、直球ど真ん中な「社会派」の顔(後段で説明するが)「櫻井和寿」の片鱗も見えたりする。
小林も、信藤も、桜井自身さえ分かっていなかった
渋谷のライブハウス「ラ・ママ」で定期的にライブ活動を続けていた彼らがメジャーデビューを果たしたのは91年(CD発売は92年)。フリッパーズ・ギターやピチカート・ファイヴの元アートディレクター信藤三雄が担当したデビューシングル『君がいた夏』とアルバム『Everything』のジャケットのデザインは、キャパが好きな20代の青年率いる冴えない男4人組を<渋谷系>という文脈のなかに組み込もうという小林の戦略を語って余りあるけれど、結果として小林の目論見は外れた。売れなかったわけではなかったが、ヒットチャートに名を連ねることはなかった。
最大の理由は、意外に思われるかも知れないが、バブル経済の崩壊にあると僕は思っている。86年から始まった虚飾のマネーゲームによる急激な資産インフレという“バブル”は、ミスチルがデビューした91年に破裂した。<渋谷系>を受容し、実践していた層は、80年代にバブル経済を謳歌していたギリギリ団塊ジュニア世代までだったが、ミスチルが下積みを経てデビューした頃には、その文脈や共同幻想自体が崩壊してしまっていたのだ。
<渋谷系>に乗り遅れたミスチルが「<渋谷系>のなり損ない」で終わらなかったのは、小林が着せようと試みて桜井自身もまた進んで身にまとった<渋谷系>というスタイルを剥がしたときに、桜井の書くメロディと詩に生々しい力が備わっていたからに他ならない。その証拠、と言っては何だけれど、2004年『シフクノオト』がリリースされた直後のインタビューで信藤三雄はこう振り返っている。
「正直言って、最初に聴いた時には、わからなかったです。今、思えば僕はミスチルの良さがわかってなかったですね(笑)」。
確かに信藤は分かっていなかった。でも小林も、そして何より桜井自身も多分、分かっていなかった。80年代にそのまま出せば「んなもん恥ずかしいから、引っ込めろよオマエ」と突っ込みが入ったに違いない桜井の“剥き出し”さ(だからこそそれを糊塗するために<渋谷系>という流行の意匠を必要とした)が、むしろ90年代にリスナーたちの心をぐっと捉えて離さなかったのだから。
デビューアルバム『Everything』に納められたのは、インディーズ時代に演奏していた楽曲を書き直したものがほとんどだ。安部薫は『音楽誌が書かないJポップ批評』17号で「ミスチル・インディーズ音源試聴会」と題してインディーズ時代の楽曲と、デビュー後にCD化された曲を聴き比べ、書き直しの軌跡を追う中で「自分の世界観を重んじる桜井にとって書き直しは本来百歩も譲れない屈辱のはずである」のに、書き直しに応じた桜井に「大人ともうまく渡り合う顔が見えてくる」と評した。確かにそれはそうなのだが、むしろメジャーデビュー後にも結局CD化されることがなかったインディーズ時代の楽曲を聴き直すことで、若き桜井が抱えていたもの、小林が<渋谷系>の意匠で覆い隠さなければならなかったものが見えてくる。
例えば
だけど明日こそは/きっときっと今よりずっと楽になる/だから今はほんの少し足を踏ん張って立っていよう
という『トムソーヤの詩』は、のちの“今は辛いけど、とにかく前向きに頑張らなくちゃ系”な『終わりなき旅』や『I’ll be』なんかに通底するものを感じるし、
いろんな人を傷つけて何度も傷つけて/いろんな人に恨まれて笑ってごまかして/こんな僕でも誰かがきっと愛してくれるのかな/今はこうして歌うことしか僕にはできないけれど
という『Hello, I love you』なんて、もう見事なまでに桜井節が炸裂しているのだ。
女性を中心とする一部の熱狂的なファンを『抱きしめたい』(92年)などで獲得し、江崎グリコ「ポッキー」のCM曲として『Replay』(93年)がお茶の間に15秒間流れるなど、じわじわと認知度を高めるミスチル。桜井はその課程で徐々に自信を強め、デビュー時には隠し通した、傷つきやすい魂を持った「詩人」としての顔を覗かせ始める。そしてそれが、90年代半ばの「ミスチル現象」の呼び水になっていく。
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僕の好きなバンドMr.Children。 このバンドのインディーズ時代の曲に「ベ
- on 2006年06月20日 18:45
- read more








コメント
一部リライトしたって書いてはあるけど・・・ほとんど全部って言っても良い位、「幸福の探し方」引用していますよね?
これってアリなんですか?
検索して来ましたが、面白い!続きが楽しみです。
『IT'S A WONDERFUL WORLD』を新星堂で購入した時に、『pause SPECIAL ISSUE』という小冊子をいただきました。
これは、このアルバムに関する新星堂と桜井さんとのインタビューが掲載されたものです。その中で桜井さんが以下のようなコメントをしています。
「今回のアルバムって、全体にひねって一度裏にして、それをまたひねって、表にした時の表みたいな感じで…。
今までの作品だったら、一度ひねって出すか。もしくは、そのまま表を出すかだったものが。今作では一見表に見えても、それはただの表じゃない。一度、キチンと裏返しを経験したが上での表というか…。一見、シンプルなんだけど、奥深いというか。
ポップの良さって実はそういった部分にあるんじゃないかとも思っていて。だから、それが街の中で流れた時、流行歌として流れた時に、聴いている人は表の部分だけで喜んでいるんだけど、その聴いた人の成長過程で、その裏側までも読み取れるみたいな。そんな人の心に長く潜伏して、効き目を現わす作品を求めてい所はありますね。」
ツアー「I LOVE U」の追加公演で、インディーズ曲『Hello,I love you』を歌う前に「僕と付き合って下さい」と言いつつ、「愛想を尽かしてくれても一向に構わない」(『言わせて見てぇもんだ』)と歌う。
それが、ある意味「俺のレベルまでついて来れるか?」と言わんばかりに私には聞こえました。
桜井和寿からの挑戦状。
>キノシタさん
蛇足史観(笑
>ツトムさん
ども。じっくりコメントって怖いな。ま、お手柔らかに(笑
良くも悪くもMr.Childrenの方向性を決めているのは小林氏。
桜井さんが甘いラブソングを書けば「そんなラブソングなら誰でも書ける。優しいだけじゃダメなんだよ」。
一方、社会派メッセージソングにオブラートをかければ「もう少しやぶれかぶれの方がいい」。
よく耐えましたね。桜井さん。
まあ、シリーズが完結したらじっくりとコメントさせていただきます。
あのムック買えなかったので続きが楽しみ。95年くらいがミスチルのある種のピークだと思うんだけど、そこからの蛇足史観に基づく「歴史」が読めることを楽しみにしているよ