Mr.Children1989-2006(3):内面という「深海」の底で自分の「es」を探し続ける迷い人
2006年07月08日18:00
90年代を駆け抜けたポップグループMr.children(以下、ミスチル)の軌跡を追うシリーズ「Mr.Children1989-2006」(全5回)の第三回。『CROSS ROAD』以来、出すシングルすべてがミリオンを軽く超える好セールスを記録する快進撃を続けるミスチル。だが、96年にプログレッシブ・ロックの影響を色濃く受けたコンセプト・アルバム『深海』をリリースした前後から、彼らの歌は極端に内省的になり、とげとげしく、剥き出しのものへと変わっていく。その傷が癒えぬまま活動を停止しリスナーの前から姿を消した彼らが、再び音楽シーンに舞い戻り、完全復活を遂げるまでにはおよそ5年の年月を要した――。
何が桜井を内なる「深海」に引きずり込んだのか
『深海』という1枚のアルバムがある。
ジャケットには、野村浩司が撮影した、海底にポツンと置かれた一つの椅子の写真が使われた。このアイデアは、桜井がアート・ディレクターの信藤三雄に差し出した、アンディ・ウォーホルのポップアート作品『死刑囚の電気椅子』の写真が元になっている。
メッセージ性の強い作品を数多く残しながら、それでも商業芸術の第一線をひた走ったウォーホルの作品に桜井が惹かれたというのは興味深いが、それはひとまず置くとして、このエピソードから、桜井が、アルバム『深海』に「死」の図像モチーフを持ち込もうとしていたことを窺い知ることができる。
『深海』に納められることになるシングル『花 -mement mori-』(96年)には「メメント・モリ(死を想え)」というラテン語のサブタイトルが付された。アルバム『深海』の中の楽曲『深海』では「今じゃ死にゆくことにさえ憧れるのさ」と歌い上げた。
「死」をすら思わせる、プログレッシブロックの影響が色濃い哲学的な歌詞とアナログ色の強い音像は、桜井自身による徹底的な自己否定、つまり「ミスチル的なもの」への決別の宣言だった。
「ミスチル現象」からの急転直下といえる。
この救いのない暗さのアルバムを出して間もなく活動停止(97年)していく理由として、不倫騒動、桜井と小林の不仲、メンバーの確執……様々な憶測が交わされたことは、おそらく記憶されている向きも多いだろう。ただ、その「理由」を桜井の私生活ゴシップに求めるのは女性週刊誌に任せるとして、曲がりなりにも「Jポップ批評」と冠した雑誌なのだから、その「理由」を、目の前に置かれたCDというテクストと正対しながら僕なりに読み解いてみたい。
その「理由」は、『深海』だけを聴いているだけでは見えてこない。『深海』は結果だから。何が桜井を『深海』に引き込んだのかを探る必要がある。
そこで話は戻るけれど、「es」なのだ。
「ミスチル現象」のただ中、桜井の創作活動は異様なテンションで続けられた。わずか1年少々の間に5枚のシングル、1枚のアルバムを世に問うて、すべてを100万枚以上売った。自己暴露に徹したまるで私小説のような歌詞を、それと強力に結びついたメロディで次々に歌い上げ、90年代半ばの若者の心を鷲掴みにした。
なぜ人は、音の連なりと言葉に過ぎない「歌」に泣くのか。桜井はそれまでそんなことを考えずに、それでも人の心を揺り動かす歌を作り出して来ていた。ところが小林は、その「なぜ」という疑問を持たずに、創造の泉から豊かな歌を紡ぎ出していた詩人としての桜井に、「なぜならば」という答えを用意して見せた。
「それは『es』が人をそうさせるからだ」
人間の「自我」を突き動かす衝動「es」。桜井が歌を作るのも、桜井の歌にリスナーが泣くのも、そして桜井が道ならぬ恋に堕ちていくのも、「es」がそうさせるからだ。
桜井は一時期、「es」という記号に確かに救われた。リリース当初は『【es】~theme of es~』を「最高傑作。墓場まで一曲を持って行けと言われればこれを選ぶ」とまで公言している。このとき、まだ報道はされていないが、「ミスチル現象」を演出し続けてきた桜井の両足は、もう膝くらいまでずぶずぶと家庭問題の泥沼に埋もれていたはずだ。
しかし「『es』が人をそうさせるから」なんてことは、何の答えにもなっていない。さすがに桜井もそれにはすぐに気づいたのだろう。『深海』の楽曲と同時期に録音されながら小林が収録を見送った楽曲『Love is blindness』で、桜井は「es」という言葉では片付けようのない苦しい胸の内を「罪深き秘密をこの胸にしまって/墓場まで持って行けるかな」「例えば人道に背く行為というなら/虫ケラとなって愛を誓う」と歌い「Love is Blindness」と連呼して見せた。
「最高傑作」のはずの『【es】~theme of es~』はその後ライブで歌われることはなかったし、映画『Mr. Children in FILM【es】』は現在に至るまでDVD化すらされていない。小林も含め、ミスチルが、単なる販促戦略のためのコンセプトスローガンとはいえ、安易といえばあまりに安易な「es」という記号化を恥じている証左と僕は見ている。
傷癒えぬままに活動を再開するも…
「それは『es』が人をそうさせるからだ」
という答えが用意されることで、皮肉にも桜井の中に生まれてしまった「なぜ」が、桜井を「深海」に引きずり込んだ。楽曲『深海』の中で「僕の心の奥深く/深海で君の影揺れる」と明かされるように、「深海」とは、「僕の心の奥深く」、すなわち桜井の内面だ。アルバム『深海』とは、「es」の代わりとなる「なぜ」の答えを見つけるために、自らの内面に潜水艇を放り込み(『Dive』)、太陽の届かない深海のような内面の暗がりの向こうを一生懸命覗き込んでいる桜井の苦吟の軌跡に他ならない。
その「深海」の中で「君」と呼びかける相手は、かつて『Everything』の中に様々な〈いま/ここ〉を見事に描いた6つの物語の中に現れる6人の「君」とは似ても似つかない「シーラカンス」だった。
シーラカンス/君はまだ深い海の底で静かに生きてるの?/シーラカンス/君はまだ七色に光る海を渡る夢見るの?/ある人は言う 君は滅びたのだと/ある人は言う 根拠もなく生きてると/とはいえ君がこの現代に渦巻くメガやビットの海を泳いでいたとしてもだ/それがなんだって言うのか/何の意味も何の価値もないさ
97年に「ミスチル現象」のヒットシングルの数々を収めたアルバム『BOLERO』をリリース。そこに納められた楽曲『ALIVE』について、当時桜井はインタビューに答えて「救い」という言葉を選んだが、サビで明るく展開し最後は一音上げて転調することで無理やり前向き感は出したものの、無気力でアンニュイなAメロのメロディや唱法は虚無的ですらあり、どう聴いても救われている人の書いた歌ではない。
「生きていること」のみを意味する「ALIVE」という曲名からして、桜井はギリギリのところまで追いつめられてしまっていたように思われる。イントロの心臓の鼓動を思わせるベース音は、音もなく、光も届かない「深海」に沈んでいく潜水艇の中で内面を覗く桜井自身が聴いた、自らの心音だったに違いない。
活動停止は98年にリリースしたシングル『ニシエヒガシエ』と『終わりなき旅』で解かれるが、99年に発表したアルバム『DISCOVERY』を聴くと、まだ傷の癒えていない桜井の苦しさがよく伝わって来る。
「終わりなき旅」の果てに見つけたものを歌った楽曲『Simple』では「悲しみを連れ遠回りもしたんだけど/探してたものはこんなシンプルなものだったんだ」と、答えにたどり着いたかのように見せながら、同じアルバムの中で「簡単そうに見えてややこしく/困難そうに思えてたやすい/そんなラララ そんなラララ/探してる 探してる」(『ラララ』)と結局、やっぱり答えを探している。
元々答えのない「なぜ」を、探す必要も、発見(DISCOVERY)する必要もないんだ。桜井はアルバム『Q』でようやくそう気づいた。『Q』がリリースされたのは2000年9月。その時にはもう音楽業界にCD不況の足音が近づいており、「ミスチル現象」が再現されることはなかった。
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コメント
深海は名盤だと思うのですが。何度聴いても聞き飽きません