15秒間
2006年10月30日03:59
まだ空は重い。水戸駅で乗り換えて鹿島に向かうローカル線の車窓から空を眺めると、雲の動きが速い。
時折思い出したように横殴りの雨が車窓を叩く。船を転覆させた低気圧の影響が残っているのだろう。空の様子が騒がしい。
昨晩、携帯電話が鳴った。取り上げて画面を見ると、弟からだった。珍しいこともあるものだと出てみると、疲れ切った声で事故のことを教えてくれた。電話を切ると、電話機の画面に「着信23件」と表示されていることに気づいた。
北海道の苫小牧を出た客船が、鹿島沖でタンカーと衝突した事故は新聞で読んで知っていた。しかし両親が、北海道旅行に出ていたことは知らなかった。
始発電車に飛び乗った。
鹿島に向かうローカル線は満員だった。暗い顔の家族連れが多い。私と同じように事故現場に向かう人がたくさん乗っているからだろうか、それとも私が意識し過ぎているのか。
「行方不明なんだ」。受話器の向こうで、弟は言った。「救助された人の中にはいなかった」。
事故発生は、一昨日の夜。衝突から沈没まで時間がなかったから、救命ボートに乗れた人はほんの一部だった。運良く甲板近くにいた乗客はボートに乗れたが、荒れ狂う波に多くのボートは転覆した。高波の中、懸命の救助活動が続けられ十数人が救助された。残る乗客は200名余り。その中に両親がいるはずだった。
駅に降り立つと、客船を出している会社の社員が手製の看板を持って立っていた。「事故関係者・ご親族の方へ 救援本部にバスで送迎いたします」。まだ、ご遺族の方へ、ではないんだな--。そんなことを考える自分の冷静さが訝しい。どこか現実感がないせいだろうか。
行き先掲示幕が「貸切」になった地元鉄道会社の路線バスに案内されて乗り込む。ほどなくしてエンジンが掛かりバスは出発した。相変わらず、大粒の雨が窓を叩く。
「…おおむね、15秒だそうだよ…」。ディーゼルのエンジン音と雨風の音にかき消されて聞きづらいが、前の座席にいる男女が交わす言葉が聞こえてきた。
「15秒間生きられるなら、延命すればもっと…」「…らしいよ。どうしても15秒しかだめだと…」
15秒?いったい、何の話だろう。と、気づけば背後からも同じ15秒という言葉が聞こえてきた。
「15秒でも何でも、ちゃんと言質を取ればいいんです。テープレコーダー、ちゃんと動くか確認しておいてください」「2個持ってきていますから。念のために」
バスは、市営の公民館の駐車場に到着した。公民館の向こうには鉛色の空と海が広がっている。
携帯電話を鳴らすと、弟が飛んできた。「早かったじゃないか」。「始発で来たよ。昨日は気づかなくて済まなかったな」。「いや、昨日は来ても何もやることがなかったよ」。弟は、公民館の窓から、両親がいるかもしれない沖の方角を眺めて言う。「海鳴りと聞いていると不安になるしな」。
弟は、紙コップに入った温かなお茶を2つ持ってきてくれた。海運会社が用意しているものらしい。三食の弁当とホテルの手配もしてくれているという。「彼らも大変そうだよ」。赤坂のバーでバーテンダーとして働く弟には、接客の苦労が他人事に思えないのだろう。社員に食ってかかる親族の怒号が、時折、公民館の中に響き渡る。
「ところでさ」。弟は、お茶をすすって言う。「話は聞いたかい」。「いや、まだ社員の人からは何の説明も受けていないよ。来たばかりで」。「バスの中でも説明はなかったのか」。「なかった。おそらく社員は乗っていなかったんじゃないかな」。
小さくため息をつくと、弟は話し始めた。「不思議な話なんだ」。「不思議な話?」。「そう…。不思議な話」。弟が話し始めた話は確かに不思議な話だった。
--今朝から、遺体が少しずつ浜に打ち上げられている。波が沖から寄せているせいだろうな。しかもこの救援本部のある公民館の向かいの浜に上がるんだよ、狙ったみたいに。不思議だよな。でも僕が不思議というのは、そのことじゃない。上がった遺体のことなんだ。
いや、今、遺体と言ったのは取り消すよ。遺体なのかどうなのか…。まあいい。ともかく最初に上がった時のことを話すからまず聞いてくれ。一昼夜、海に呑まれて漂ってきたんだ、当然のことながらもう体は冷たくなってた。脈もない。でも救助隊は、万が一のことがあるから、心臓マッサージやら何やら救命措置を施した。ひょっとしたら、直前までボートにしがみついていた人かもしれないしな。すると、生き返ったというんだ。歓声が上がったのを僕も聞いたよ。集まっていた親族たちはほとんど絶望的な気分だったからね。いや僕もさ。親父もお袋も、もうだめだろうと思っていた。でも1日経ってもまだ生存者が出たっていうのでね、この公民館の雰囲気がわっと明るくなった。
ところが、その直後に、まだ救助隊の人たちの動きが慌ただしくなってね。おかしいなと思って、遠巻きにみんなで様子を見守っていたんだけど、やがて救援隊はばらばらと控え室に戻って行って、毛布にくるまれた遺体が運ばれるのが見えた。聞けば、残念ながら蘇生したのは一瞬で、すぐに亡くなってしまったというんだ。それでもまだ、みんな希望を捨てていなかったよ。たまたま蘇生には失敗したが、可能性はあるんだってね。
ところが、次に打ち上げられた人も同じだった。蘇生術を施せば、つかの間意識を取り戻し、言葉を発するけれど、すぐに意識を失い、そのまま亡くなってしまう。その次も同じだった。そのまた次もね。みんな15秒ほどで亡くなってしまうんだ。
理屈はいろいろ聞いたよ。例えば、水温が低いところに投げ出されたから、すぐに仮死状態となって水を飲まずにいたから助かった。だから蘇生はするが、体が冷え切っていて体の組織がだめになっているからすぐに亡くなってしまうんだ、とかね。でも本当のところは分からないらしい。医者も首を捻っているんだ。だって、そうやって15秒間蘇生した人たちは、みんな水を飲んで肺の中は海水で一杯だったらしいんだ。生き返るはずがない、と医者は言うんだよ--。
「また上がったぞー!男女一緒だ」。背後から聞こえたその大声で、弟の話は中断された。無言で頷き合うと、私たちは走り出した。公民館を出て、浜へと向かう。ひょっとしたら、両親かもしれない。
しかし、違った。30代の男女だった。当然ながらぐっしょりと水に濡れ、顔や服の合間や腕などの皮膚が、蝋人形のように青白かった。
多くの人が、毛布の上に横たわった2体の顔を見ては、自分の縁故者でないことを確認して、安堵と失望がない交ぜになったような表情で帰って行く。そんな人垣をかき分けるように、2人の子供たちが駆け寄ってきて、口々に言った。
「お父さん!お母さん!」
「君たちのご両親かな」。スーツ姿の中年男性が、泣きじゃくる子供2人に尋ねると、背後から「間違いありません」という声が上がった。「失礼ですが…」「この子たちの、叔父です。彼らの兄です」。
スーツ姿の男性は、横で控えていた救助隊に目配せした。救助隊員たちは慣れた手つきで器具を用意し、横たわる男性の身体に馬乗りになると、驚くほどの勢いで心臓マッサージを始めた。
その直後、無表情だった青白い顔の眉間に、苦悶の皺が寄った。それに気づくと救助隊はすぐに飛び退き、今度は女性の身体にも同じように蘇生術を施した。効果はすぐに出た。
2体の身体は、同時に眩しそうに目を開いた。押さえつけられていた2人の子供が駆け寄っていく。父親らしい男性は、見る見る表情を和らげて、息子の名を呼んだ。「健一…」。母親も同じく、娘の名を呼んだ。「芳恵…」。
息子は、泣きやんで横たわった父親の表情をじっと見つめる。この瞬間を見逃すまい、忘れまいとしているかのように。おそらく叔父に、そうするように言い聞かせられたのだろう。娘はまだ小学校にも上がらない年齢に見える。言いつけを守れないのか、母親の冷たい身体に抱きついて泣き喚いている。母親はその髪を静かに撫でつける。
「強くなれ。負けないでくれ。芳恵を頼む」。父親は息子を見据えて言った。自分に残された時間がないことをよく知っているのだ。父親がぐっと首を上げて、子供たちの背後に立つ叔父を名乗った中年の男性に目を向けた。「義兄さん、子供たちを頼みます。迷惑をお掛けしますが、どうか…」。叔父は力強く言葉を返す。「心配はいらない。安心しろ」。一方の母親は娘の髪を撫でながら「芳ちゃんはいい子だから、きっといいお嫁さんになるわ」「健ちゃんは強い子だから、お母さんは心配してないわ…」と、囁くように子供たちに声を掛ける。
15秒はあまりに短い。その刻限が来た時に、父親は静かに目を瞑り、母親は娘の頭を撫でていた手を滑り落とした。残されたのは海鳴りと、子供たちの泣き叫ぶ声だけだった。
「15秒だったな。確かに」。公民館に戻ると、パイプ椅子に腰掛けて弟に話しかけた。「かっきり15秒だ。しかも、蘇生した人は、自分たちが間もなく死ぬことを知っているかのように、別れの言葉を告げるんだよ」。弟は、私が思っていたことと同じことを言葉にした。「きっと神様がさ、別れを惜しむための時間を15秒だけくれたんじゃないかと思うんだ」。
バスの中で背後から聞こえてきた声に気づいた。隣の席に座って、中年の女性がスーツ姿の男性と言葉を交わしている。「文字を書かせるのは難しいのでしょうな」。スーツ姿の男性の質問に女性が答える。「どうでしょう。手がかじかんでいるかもしれませんしね。やっぱり言葉が確実でしょう。15秒しかないんですし、一度きりですもの。冒険はできませんわ」。
弟は眉を顰めて小声で言う。「遺言を言わせようとしているんだろう。そんな打ち合わせの電話をしている人が、そこら辺にたくさんいたよ。…うちは大した蓄えはないし、そんなことを考える必要もなくていいな」
確かに、大した蓄えはないはずだった。父親は30年以上働き続けて、ようやく2年前に60歳で定年退職を迎えた。働いていた会社が倒産寸前にまで追いやられた結果、退職金は大幅に削られてしまって、住宅ローンを完済させるのでやっとだったはずだ。
母親は、父親の安月給で息子2人を育てることに人生の大半を費やしてきた。若くして結婚して私を生んでしまったから、夫婦2人で旅行に出かけることも殆どなかったはずだ。
そんな2人が、ようやく自由な時間を得て、ささやかな北海道旅行を計画した。しかしその帰途に、事故に遭ってしまった。
両親の前では、私はいつも主役であるかのように振る舞ってきた。両親は私の人生を彩る、脇役に過ぎないとでも言うように。育ててくれたことに感謝こそすれ、両親もまた私と同じように、例えばおいしいものを食べて喜んで、大事なものを失って悲しむ存在として見たことがなかった。だから私は、事故の知らせにも驚いたが、同時に、両親が2人で北海道に船旅に出たことにも驚いたのだ。
15秒。その短い時間に、私は何を両親に伝えればいいだろう。知らず私の両目からは涙が落ちていた。どんな言葉を選んでも陳腐で足りない気がした。弟は涙を落とす私に、言葉をかけずにいてくれた。
「また上がったぞ!!」
浜に向かって走りながら、私はまだ最後の言葉を決めかねていた。神様がくれた15秒。確かに不思議な15秒ではあったが、いつか迎えなければならない15秒だったのだ。これまで両親と過ごしてきた35年、私は最後の15秒間に伝える言葉を探し続けるべきだった。それを怠ってきたことを悔やんだ。
人垣をかきわける。毛布の上に寝かされた身体の足が見えた。カジュアルも仕事も区別のない父親がはきつぶした、見慣れた黒い革靴が見えた。<完>
追記:ちなみに、またもや池田蛇足が見た夢を脚色したモノです。海難事故とかのニュースを見ていたせいらしい。影響されやすいなあ。
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一気に読ませられました。うまい。
>やはら
コピーライターってのはそういう商売なんだねえ・・・
>ふじみき
ども。で、きらきらひかる。読んだことはないんだけど、面白いらしいね。こんど漫画喫茶ででも読んでみよう
途中までホントにあった話かと思ってどきどきしてました。15秒の仕事はまだ来ていませんが、15秒のための鉛筆は研いでるつもりです。
相変わらず端正に読ませる文章だ。涙腺弱いんだから。泣いちゃうよ。
おぼれた人が一度蘇生して、また亡くなってしまう話は、確か「きらきらひかる」の漫画にあったなあ。もちろんこれとは全然違う話だけど。
>通りすがりさん、山本山さん
説教臭い話になっちゃいましたもんね。
>あーさん
つらいですか? 言葉を交わせずに別れる方がつらいのではないでしょーか。夢で見たときには、辛くはなかったです。悲しくはあったけど。
>おやぎ
良い話でしたかね。おやぎさんにそう言っていただけると安心です。へたくそな駄文を晒してお恥ずかしい・・・
良いお話をありがとうございました。
とくに↓のセンテンス。ぐっときますね。
『両親の前では、私はいつも主役であるかのように振る舞ってきた。両親は私の人生を彩る、脇役に過ぎないとでも言うように。育ててくれたことに感謝こそすれ、両親もまた私と同じように、例えばおいしいものを食べて喜んで、大事なものを失って悲しむ存在として見たことがなかった。だから私は、事故の知らせにも驚いたが、同時に、両親が2人で北海道に船旅に出たことにも驚いたのだ』
なんだかつらい話ですね。でも、うまいね相変わらず、蛇足さん
かんがえさせられます・・・
あー。僕は15秒間に何を伝えるかなあ・・・なんて考えさせられました。いいお話に感謝。