今日の天声人語はひどすぎる
2006年05月25日12:48/コメント (3) /トラックバック (0)
今日の天声人語(リンクは今日、5月25日のみ)は、ひどすぎるよいくら何でも。
ライブドアに限らず、利益拡大をめざすのが企業一般だとしても、その度はずれた追求が世の中を激しく揺さぶってきたという面は見逃せない。バブル経済や、はじけた後の不況によるリストラなどで、家計は痛めつけられた。多重債務者や、経済的な理由による自殺も増え、幾つもの偽装問題が起きている。
学習塾講師の人間性について
2005年12月13日19:46/コメント (0) /トラックバック (0)
京都で学習塾講師が少女を刺殺した事件を受けて、朝日新聞の社説は以下のように主張している。
一般的に学生は教えることはある程度できても、教育者としての専門的な訓練を受けていない。子どもとのコミュニケーションがうまくできない若者もいるだろう。教育の場にそぐわない人には早くやめてもらうしかない。…(引用中略)…この塾は成長を続けていた。講師の人事管理で甘くなっていなかったか。疑問がぬぐえない。
最後の二文の(文章としての)拙さについては置くとして、学習塾が採用する講師の人間性をチェックすることが「人事管理」として必要なのか、いや必要だとして可能なのか、この朝日新聞子は真面目に考えているのか。批判のための批判になってやしないか。
「旅」という名の女性誌
2005年11月14日13:12/コメント (2) /トラックバック (0)
これが編集したいからという理由でJTB出版に入社したのに、とっとと新潮社に売られてしまって旧友のO君は泣いているわけだが、ライターとしての僕とも因縁浅からぬ雑誌だったので、最近はとんとご無沙汰しているとはいえ動向を気にしていた。
その名も「旅」という雑誌だ。
日本人の学力低下
返り血なき殺陣
2004年11月15日20:27/コメント (3) /トラックバック (0)
最近の時代劇は、殺陣のシーンで返り血を浴びない。刀身に薄っすらと血糊を伸ばすことはあっても、明らかに肩から袈裟懸けに斬られ動脈裂傷は間違いないのに、一滴の血しぶきも出ない。
小さな人類
2004年11月12日20:15/コメント (6) /トラックバック (0)
毎日新聞の社説から。
「小さな人類」というファクト(事実)は面白い。
私たちは人類進化の唯一の帰結ではなく、偶然の産物だった。ほかにも最近絶滅した人類がいるかもしれない。そう気づくと世界の見え方は変わってくる。
で終わっていれば、「余禄」(朝日新聞でいう「天声人語」、日経新聞でいう「春秋」)としてはとてもいい記事だったのだが、社説であるからには論と文量がなければなければならなかったのだろう。
生物的進化とは別のレベルの「進化」も進んでいる。コンピューターを手に入れたことで人類は脳を拡張した。インターネットや携帯電話は、人間の社会を根本から変えてしまった。この早すぎる「進化」の行方はまだみえない。
人類はどこからきて、どこへ向かうのか。小さいヒトをきっかけに考えたい。
せっかくの記事が、このクソみたいな結びで台無しである。
仙台風俗界の便乗商法
2004年11月09日18:15/コメント (1) /トラックバック (0)
ZAKZAKより。楽天球団の仙台上陸に呼応して、風俗界が便乗商法を始めるだろう、という内容なのだが。
風俗店はアイデアが勝負。それだけに、あの手この手の便乗商法が出ることは必至だ。 楽天市場やイーグルスをもじった「ヌキ天市場」、「昇天市場」、「イクイクイーグルス」など、ユニークな 店名が続出することになりそう。
この記事のすごいところは、ファクト(取材に基づく事実)がまったくなく、「なりそう」という予測だけで成り立っているところだ。いやあすごい記事だまったく。ネタがなかったんか?
体育館では眠れない
2004年10月28日15:24/コメント (0) /トラックバック (0)
余震続く新潟中越地震で被害に遭われた方々に、心からお見舞い申し上げたい。
現地に飛んで力になれぬ我が身だが、こうして被災地にいない、被災者でない人間にとっては、災害と戦うということは結局「想像力」の戦いだ。朝日新聞が今日付けで掲載した社説は、私を含めた読者が「想像力」を及ぼすことができなかった現実に光を当ててくれた。一部を引用する。
乳幼児のショック死
2004年10月28日01:35/コメント (0) /トラックバック (0)
大学時代には「カレ~」なんて言いながら唇を拭っていたF女史(ここを訪れる人の99%には意味不明だろうけど)が今や一児の母なのである。まったく時が過ぎるのは早い。すっかり母親業が板についてきたF女史(ていうか結婚後はI女史なんだが)が「育児日記」にいわく
ああそれにしても・・
地震のショックで乳児が死亡するなんて。
阪神大震災の時にも,聞いたことはあったのだけど。
あんまりだよ。そういうのは,なしにしようよ。そういう設定は。神様。
昨日の地震時の自分のへたれ具合にもへこんでいたのだが,このニュースを聞いて以来,もう今日は浮き上がれない感じだ。
私がへこんでどうなる話でもないが・・・
すき焼きと「団塊の世代」(4)
すき焼きと「団塊の世代」(3)
2004年10月20日01:52/コメント (0) /トラックバック (0)
60年代という未曾有の成長期を一〇代の青春期で過ごした団塊の世代と、フィリピン戦線で九死に一生を得た中内功率いるダイエーが始めた牛肉の安売り。この二者を直接結びつけるひとつの象徴が、すき焼きという料理だったということを前稿で書いた。
好景気を背景に急速な経済成長を戦中派が牽引する一方、“団塊の世代”は政治の季節に突入していく。60年代前半に青春歌謡を聴いて、母親が「主婦の店」で買ってきた牛肉を使って年に何度が作るすき焼きを食べていた若者たちは、60年代後半にはゲバ棒を持ち、バリケードに立て篭もるか、歌謡曲「神田川」さながらにボロアパートで異性と同棲するようになった。
すき焼きと「団塊の世代」(2)
2004年10月19日10:55/コメント (0) /トラックバック (1)
「すき焼きと『団塊の世代』」の続き。ノンフィクション作家の佐野眞一は、ダイエーの創業者、中内功の一代記「カリスマ」の中で、中内がフィリピン戦線で瀕死の重傷を負った場面で「人は死ぬ前、自分がこれまで生きてきた人生が走馬灯のように浮かぶという。中内の場合、それがスキヤキのにおいだった」と書いている。
すき焼きと「団塊の世代」
2004年10月18日00:07/コメント (1) /トラックバック (2)
昨日の記事「伊せ喜のどぜう鍋」で、深川高橋の老舗でどじょう鍋を食べながら、なぜか私が思ったのは「団塊の世代」のことだったと書いた。
詳しくは当該記事をご一読いただきたいが、「抜き鍋」と呼ばれる同店の“どじょうのすき焼き”ともいうべき鍋を食べながら、私は「どじょう」→「抜き鍋」→「どじょうのすき焼き」→「すき焼き」→「団塊の世代」と連想したのだった。
「どじょう」から「すき焼き」までの連想はまあ分かるとして、なぜ「すき焼き」から「団塊の世代」に発想が連なったのか。今回はそれについて書く。







